東筑監督が人間教育を叫ばない理由
© photograph by Kyodo News 強豪・済美を上回る数のヒットを打ちながら、1回戦で姿を消した東筑。変わった形で注目されたが、いいチームだったのは紛れもない事実だ。
〈「野球(部)は人間力を育てるところ」なんて言うけど違う〉――。
激戦地・福岡から、21年振りに公立として出場権を勝ち取った県内屈指の進学校・東筑(21年前も東筑)の監督・青野浩彦の、こんなコメントがある。『日刊ゲンダイ』のデジタルで紹介され、話題になった。
テレビ番組『5時に夢中!』の中でもこの記事が取り上げられ、コメンテイターのマツコ・デラックスは、名門野球部出身者は「十中八九、クソ野郎だから」と発言したという。
大会初日(8日)、第2試合に登場した東筑は、愛媛代表の済美に4-10で敗戦。試合後、青野はそのことに触れ、「大変な騒ぎになったみたいですね」と苦笑した。
マツコ・デラックスが本当に誤解しているのか、意図的に誤読したのかは不明だが、青野は、「野球=下等」だから人間力をつけることはできない、と言っているわけではない。あくまで、人間教育は自分の役割ではない、と言っているだけだ。
「自分は、そんなたいした人間ではないと思ってますから。大それたことは言えない。お坊さんでも何でもないですし。躾をするのは、親の役目。僕はただ野球を教えるだけ。こんなこと言うと、軽い人間にみられますけど」
野球の練習と人間教育には直接の関係は……。
関東圏で全国制覇の実績を持ち、人格者として知られる監督が、しみじみこう言っていたことがある。
「ノックやって人間教育ができるとは思わないんですけどね……」
深く共感した。
おそらく、そう思いつつ、「日本学生野球憲章」の中にある「学生野球は、教育の一環であり、平和で民主的な人類社会の形成者として必要な資質を備えた人間の育成を目的とする」という文言に縛られ過ぎている指導者が多いのではないか。
教育だと叫ばなくても、スポーツで人は育つ。
青野は続けた。
「試合に負けたり、打てなかったりして、悔しいと思って、また練習する。そういうことで成長するということはあると思うんですけど……」
あえて「教育だ」と断らなくても、スポーツはすべて教育的要素を含んでいる。
「野球は楽しまないといけない。それが原点。勝つために指導者に抑えつけられてやるべきではないと思うんです」
こうした指導理念だからこそ、公立である東筑を甲子園に導くことができたのだろう。
青野は、こうも言った。
「選手には、あいさつは1回でいいと言っている。何度も何度もする選手がいるんですけど、めんどくさいじゃないですか」
確かに野球部で教える礼儀作法は、行き過ぎではないかと感じることが多い。
青野は「こんなことを言うと他の監督に批判されそうですけど」と心配していたが、「野球は人間教育だ」と壮語している監督よりも、青野の方が真っ当に思えた。
