W杯に期待ふくらむロシア人の人情

2018年ロシアW杯の大会マスコットであるオオカミの「ザビワカ」君。大会メインスタジアムはまだ建設中(拡大工事中)である。 © photograph by Getty Images 2018年ロシアW杯の大会マスコットであるオオカミの「ザビワカ」君。大会メインスタジアムはまだ建設中(拡大工事中)である。

 テヘランでふたつのワールドカップ予選、イラク対日本戦とイラン対ウズベキスタン戦を取材した後、ロシアではFIFAコンフェデレーションズカップのグループリーグ取材で来年のワールドカップ本大会で使われる予定の4会場(モスクワ、サンクトペテルブルク、カザン、ソチ)を回り、今はパリにいる。

 コンフェデ杯は2001年の日韓大会から6回連続の取材になるが、感じたのは開催国ロシアの本気度だった。

 大会の組織・運営が極めてスムーズなのに加え、ボランティアの対応も適切ですべてに過不足がない。

 5年前のEURO2012でのウクライナの経験から、旧社会主義国の官僚的かつサービス精神のかけらもない無味乾燥な対応――ホテルやレストランを含め――を少なからず予想していた身としては、ポジティブな肩透かしを食らった気分である。

物価が安く、食べ物もまずますだったコンフェデ。

 過剰なサービスもない代わりに、必要なものだけをさりげなく提供する――これまで三桁の国際大会を取材してきたが、ありそうでなかなかないことである。どんなに優れた運営を行っていても、普通はどこかにストレスを感じる。

 メディアセンターの食事も適正価格で味もまずまずだった。これはロシアの物価の安さによるところが大きい。

 同様にホテルや交通機関(鉄道、飛行機)の値段も日本より安く、来年の本大会では値上げが見込まれるとはいえ、前回のブラジルや前々回の南アフリカに比べると、ロシアワールドカップは経済的にずっと過ごしやすい大会になるだろう。

ブラジル人、イラン人、そしてロシア人は親切!

 ロシアの人たちが見せる親切さ、ホスピタリティの高さも印象深かった。

 これまで世界で最も親切な国民は、ブラジル人とイラン人だと思っていた。

 日本、とりわけサッカー界では、セルジオ越後、ラモス瑠偉両氏のインパクトが強烈なおかげで、ブラジル人はアグレッシブでエネルギッシュという印象を抱きがちだが、日常生活で接するブラジル人は極めて穏やかで温かい。

 イラン人も同じで、メディアを通してのイメージから集団だと攻撃的に見える彼らが、ひとりひとりはとても親切で親しみやすい。テヘランの街中を歩いていて少しでも困ったそぶりを見せると、必ず誰かが寄って来て「どうしたのか?」と声をかけてくる。地下鉄の駅で運賃表とにらめっこしていると、「どこまで行くのか?」と尋ねてくる。ブラジルでもイランでも、そうした人たちに幾度となく助けられた。

ロシア人が30分以上もホテル探しを手伝ってくれた。

 ロシア人――特にモスクワっ子は大都市の人間らしくもう少しクールなのかと思っていた。

 たしかに彼らは自分たちから積極的に寄って来ることはない。だが、こちらからものを尋ねると、ブラジル人やイラン人に負けず劣らず丁寧に対応してくれるのだった。

 サンクトペテルブルクからモスクワまで列車で移動し、地下鉄を乗り継いで宿泊するホテルの最寄り駅まで着いたはいいが、肝心のホテルが見つからない。最初に道を聞いた30歳前後の男性は、携帯のGPSを頼りに近くまで案内してくれた。それでもわからずウロウロしながら、今度は車のボンネットに書類を広げて仕事しているキャリアウーマン風の女性に尋ねた。

 すると彼女は、英語をまったく話さないにもかかわらず、仕事そっちのけで一緒になって探してくれる。途中から、全身にタトゥーとピアスを施した若い女性も加わり、3人で30分ちかくかけてようやくたどり着くことができたのは、表に看板も何もない普通のアパートビルの3階だけを使って営業しているホテルだった。表通りが全面工事中であったのも、見つかりにくさに拍車をかけた。感謝の言葉を述べると、まったく赤の他人である女性ふたりは、何ごともなかったかのようにそれぞれの道に分かれ去って行った。

タクシーの値段交渉までしてくれたボランティア。

 もうひとつ別の例を挙げる。

 ロシアを離れる日の朝、ソチからモスクワに飛行機で向かった。モスクワで別の便に乗り継ぎとなるのだが、郊外のふたつの空港、ブヌコボ空港からシェルメチボ空港に移動しなければならない。空港に常駐する大会ボランティアの女の子に聞くと、空港間を繋ぐシャトルバスはなく、電車かタクシーしか移動手段はないという。時間を考えると電車では間に合いそうにないので、タクシーの予約カウンターまで行ったものの誰もいない。

 しばらく待っていると、先ほどの女の子が寄って来て自分が案内するという。

 ガイドと交渉した彼女が、「3000ルーブル(約6000円)と言っているけどどうしますか?」と尋ねるので「もう少し安くなればその方がいい」と答えると、「私もそう思います。彼(ガイド)はちょっと感じが悪いです。少し待っていてください」と、仲間と話し合いながらいろいろなところに電話をかけ始めた。さらに10分ほど待つと、「別のタクシーが見つかりました。1300ルーブル(約2600円)ですがそれでいいですか?」と聞かれた。

 ブヌコボからシェルメチボまで、電車と地下鉄を乗り継いでも1055ルーブルかかる。1300なら文句のある筈もなく、喜んで承諾の意を示し彼女に感謝した。この間、およそ30分。タクシーが到着するまで、ずっと付き添ってくれた。

 素晴らしいホスピタリティだが……厳密にはボランティアとして規定されたサービスの範囲外だったのでは、とも思う。

システムの不備を、個人的なホスピタリティがカバー。

 ものごとには表と裏がある。

 彼らが示してくれた親切は、システムが機能していたら起こりえないことだった。

 ホテルの看板が目立つところにあれば、見つけられずに荷物を抱えて右往左往することはなかったし、空港のカウンターに係員が控えていたら、正規の割高な料金を払ってタクシーに乗っていただろう。ただ、そうしたシステムの不備、不完全さを、社会に生きる人間ひとりひとりのホスピタリティがカバーしている。それが世界に共通するひとつのコードであるとも言える。

 そう思うのは、今日の日本という社会がこのコードから逸脱しているように見えるからだ。

それでも……ロシアW杯は心地良いのではないかと予想。

 システムの不備を個人がフォローするのではなく、できうる限り完璧なシステムを作りあげる――その完成度の高さにおいて、日本は世界最高のレベルにある。金銭的な対価をともなうサービス=「おもてなし」もそのひとつである。

 だが、社会システムの効率を徹底的に追求し、経済的なサービスに置き換えていくのは、同時に他人との距離を置くことでもある。日本人と日本社会が選んだのは、できるだけ他人との関わりを避けて自分を守ることを第一義とする完璧なシステムの構築であった。同時に他人への猜疑心と無関心が他者への親密さに先立つ社会的コードになったのは悲しい現実ではあるが、それは事実の問題であって善悪の問題ではない。

 この先に控えるスポーツのビッグイベント、2019年ラグビーワールドカップや2020年東京オリンピックでも、日本人は考え得る限りの完璧でスムーズなシステムを構築して、日本独自のホスピタリティを実現するのだろう。

 話をロシアに戻すと、もちろんロシアにも問題がないわけではない。

 コンフェデ杯を開催するにあたり覆い隠した現実――フーリガンの問題や、新たに露呈した現実――過去の組織的なドーピング、そして急速に改善しなければならない現実――ロシア代表のレベル向上など、悩みの種は多い。

 だが、そうした悩みを抱えながらも、来年のロシア大会は気持ちよく過ごせる大会になるのではないか。

 そんな予感を抱かせたコンフェデ杯であった。

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