羽生が大切にしている自分との対話
© 東洋経済オンライン 驚異のメンタルの礎になった羽生選手の言葉力、表現力とは?(写真:ロイター/Eric Gaillard) 平昌五輪、男子フィギュアスケートで2連覇を達成した羽生結弦選手。個人で最年少となる国民栄誉賞の授与も検討されている。 震災や、ケガ、プレッシャーを乗り越えて、成し遂げた偉業というストーリー性や肉体的・精神的強さ以外に、彼を異次元の存在にしているのが、その卓越したコミュニケーション能力だろう。驚異のメンタルの礎になった羽生選手の言葉力、表現力の裏側に迫ってみたい。 オリンピアンなど、一流のアスリートには強靭な肉体のほかにも強固な精神力が必要だ。そうした「心の強さ」をメンタルタフネスと呼ぶが、カナダのライアソン大学の准教授で、元オリンピアンのニコル・フォレスター氏によれば、メンタルを鍛え、成果を出すために必要な要素として、①自己との対話力(Self-talk)②ゴール設定力(Goal-setting)③イメージ力(Imagery)④覚醒や興奮などの感情コントロール力(Arousal control)の4つが挙げられるという(当該論文はこちら)。羽生選手が大切にしている「自分との対話」 羽生選手の場合、たぐいまれなコミュ力によって、こうした力が研ぎ澄まされ、育まれてきたように見える。1つずつ詳しく見ていこう。 まず、1つ目の自己との対話力、これは自分を鼓舞し、勇気づけ、自信を作り出すうえで大切なステップだ。コミュニケーションというと、他人との対外的なやり取りをイメージしやすいが、実は自分の考えをまとめ、言語化するまさに「思考」そのものであるこのプロセスが、人間のコミュニケーションの中で最も大切で、最も多くの時間を割くたぐいのものでもある。 羽生選手の場合、この「自分との対話」を非常に大切にしている、というより、むしろ、「大好き」なのかもしれない。彼はこう語っている。 「もともと僕は考えることが好きで、まあ考えることというよりも、しゃべることが好きなほうが強いんですかね。自分が考えて何か疑問に思ったことについて追求し、そして教えてもらって、さらにしゃべりながら自分が覚えていく。そういったことがもとから性格上ありました。なので、その考えていることを口に出す。いわゆる考えることを表現する。(中略)それがスケートに生かされている」 筆者などはこうして書くことで思考を整理するタイプだが、羽生選手は「しゃべりながら、思考を整理する」ことに長けているということだろう。 「メディアの方にインタビューしてもらって、自分の思考を整理させていただく時間とか、インタビューをしてもらうことによって覚える言葉だったり、そういうものもあった」と話しているが、長年の競技生活の中での無数のインタビューに対し、真摯に取り組むうちに、あらゆる問いに対する答えを、きっちりと言語化し、準備するマインドが出来上がったのかもしれない。 「発明ノート」というノートに、ひらめきや学び、思いをしたためるという習慣も、そうした力を積み上げる役割を果たしたと考えられる。 日本の多くのアスリートはこのような言語化が苦手という人も少なくない。「スッ」「パーン」といったオノマトペを多用して、半ば気合か超能力のように意思を伝える選手もいたが、競技の結果を出せば、それでいい、という考え方もまだ根強いように感じる。 一方で、羽生選手は頭の中で、つねに何らかの問いを反芻し、思考し、言葉にする動作をつねに続け、その力を磨いてきた。こうした「セルフトーク」が強靭なメンタルに結び付いたとしても不思議はない。羽生選手の話にはいつも「文脈」がある 2つ目の「ゴール設定力」についても、「自己との対話」の中で、「明確な目標」を導き出したと推察されるが、羽生選手のすごみは「ゴールのその先」を見る力があることだ。ただ単に「金メダルを取る」というゴールを目指していたのではなく、その先の「子どもたちに夢を与える」「日本人として誇りに思ってもらう」「震災の被災者に元気になってもらう」といった金メダル後の「景色」を頭に描いていた節がある。 「いろんな子どもたちが夢を持ちながらいろんなことをやっていって、少しでもなにかその夢がかなう瞬間をつくってあげられるような(中略)言葉を出せたらなと、今改めて思いました」 「僕はこれだけ注目されながら演技をすることができているので、みなさんにたくさんの思いが届いているのではないかと思っています。その(メディアの注目という)お力をもうちょっといただいて、また復興の力にしていただけたらいいなと感じています」 「金メダルをとって2連覇して帰ってきたということが、たくさんの方の幸せになっていることは間違いないし、それができるのは僕しかいなかったということ」 ある意味、金メダルはもっと高みにあるゴールを達成するための「手段」でしかなかったのではないだろうか。自分の言動が第三者にどういう影響を及ぼすのかを理解し、彼らの視点で物事を俯瞰する力を持っているからこそ、彼の話にはいつも「文脈」がある。 つまり、事象を単なる点で考えず、「それがなぜ、重要なのか」という背景や意義をつねに分析し、大局観のある説明のシナリオにしている。 そうした思考の中で、「金メダルの意義」や「獲得後のストーリー」をイメージし、モチベーションを上げていったとしてもおかしくない。羽生選手は、アスリートを超えた表現者 3つ目のイメージ力はまさに、こうしたストーリーを創造する「想像力」でもあるわけだが、自分の目指す演技を可視化し、頭の中で描き出す力。「想像と一致させようとすると跳べる」と語っているが、思考の言語化を繰り返すことで、イメージがより鮮明に浮かびやすくなる。競技中の自分だけでなく、ファンや家族などをビジュアル化することで、大いに自らを奮い立たせてきたのだろう。 最後の「感情コントロール力」だが、これについては「期待される感覚が好き。それはプレッシャーじゃなくて快感」「主人公になりたいタイプ」と語っているように、緊張やプレッシャーを興奮に変えることができるタイプのようだ。 心を落ち着かせるとき、アドレナリンをポンプ注入するように興奮を呼び起こすときなど、まるで温度調節器のように、感情をコントロールすることが求められるわけだが、こうした制御力と表裏一体にあるのが驚異的な「憑依力」だ。 あるハリウッド俳優は、ひたすらに練習を重ねると、あるとき、「役」が天から降りてくる、と表現したが、羽生選手の演技には、いつも、何者かがとりついたような気迫が漂っている。光源氏か陰陽師、安倍晴明かわからないが、時にこの世の生き物ではないような、異次元のたたずまいを見せる。 「バレエやミュージカルのように、芸術とは、あきらかに、正しい技術、徹底された基礎によって裏付けされた表現力がないと、芸術として成り立たない」「スケーターって、『アーティスト』であり『アスリート』でもある。どっちの魂も捨てちゃダメなんだと思っています」と語るように、技術と芸術の双方を究めようとする姿勢は、単なるアスリートを超えたまさに表現者でもあり、「演じ切る」「演じ分ける」力を持つ数少ない希代のパフォーマーといえる。 そもそも、羽生選手のコミュ力の高さは、コミュニケーションにとって最も重要な「価値を読み取る力」、つまり、相手にとってどういった情報が価値を持っているのか、ということを瞬時にくみ取る「共感力」が極めて高いということに基づいている。 「これを言ったら、メディアが、国民が、ファンが喜ぶだろう」というツボを怖いほどに理解している。相手が聞きたいだろうと思うことをつねに届ける力、何が見出しになるかを予見する力、ユーモア、掛け合いをこなす瞬発力。どこをとっても、圧倒的な超越感を醸し出すコミュ力なのである。
