ラグビー、サントリー提示した「解」

2年連続の日本一に輝いた沢木敬介監督。エディー流ともまた違うフィットネスへのこだわりが成功の基礎にある。 © photograph by Kyodo News 2年連続の日本一に輝いた沢木敬介監督。エディー流ともまた違うフィットネスへのこだわりが成功の基礎にある。

「ゲームスピードを上げる」という言葉がある。

 ラグビーにおいて、攻守の切り替えを瞬時に行い、相手を休ませずにボールを動かし続けて試合のテンポを上げることを指す。

 第55回日本選手権決勝を戦ったサントリーサンゴリアスとパナソニックワイルドナイツは、タイプは違うが、ゲームスピードを上げることにかけては日本で突出したチーム。

 8月から12月のレギュラーシーズンでは、パナソニックは13戦全勝。サントリーもパナソニックに敗れただけの12勝1敗だった。両チームの実力は、明らかに頭1つ抜けていた。

 そして、すぐにはがれる秩父宮ラグビー場の芝生を除いて、最高のコンディションで両者が再激突。今季の最高峰に位置づけられるレベルの高さを見せつけた。

 結果は12-8。

 サントリーが、胃の痛むようなクロスゲームを制して、2年連続で頂点に立った。

個のパナソニック、組織のサントリー。

 両チームを比較すると、興味深い構図が見える。

 パナソニックは、FLデービッド・ポーコック、同じポジションの布巻峻介キャプテンといった名うてのボールハンターが、相手が持ち込んだボールを瞬時に奪いとり、それを福岡堅樹、山田章仁の両スピードランナーが自陣深くからでも俊足を飛ばしてチャンスに結びつける。

 つまり、ボールを持ってからあまり密集を作らず、時間をかけずにトライを奪う。

 サントリーも時間をかけずにトライを奪えるチームではあるが、考え方は若干異なる。

 こちらは圧倒的なフィットネスでボールを動かし続けてスペースを作り出し、キャプテンでSHを務める流大のボールさばきに合わせて、放られたパスに複数の選手が走り込む。結果、防御は的を絞れずに、次々と大きなゲインを許す。パナソニックよりも密集の数が多くなるのが特徴的だ。

 言葉を換えれば、パナソニックは突出した個人の力でスペースを切り拓き、そこから各自の嗅覚でスペースに走り込んでチャンスをものにするが、サントリーは組織で防御を崩してスペースを作り出す。

 もちろん、パナソニックがフェイズを重ねてトライを奪うことは当然あるし、サントリーが個人技を起点にカウンターアタックから手間暇かけずにトライを奪うこともある。ただ、そういう特徴的な傾向が両チームには色濃く見られるのだ。

サントリーは最後まで相手を封じるべく走り続けた。

 そして、決勝戦。

 サントリーは、パナソニックのチャンスの芽を前半から全力で摘み取りにかかった。

 たとえば、24分。

 パナソニックはSOベリック・バーンズの負傷で途中からピッチに入った山沢拓也が、素晴らしいランでサントリー防御を破り、パスを受けた山田がゴール前へとキック。いつものトライパターンに持ち込んだ。

 しかしサントリーは、今季トップリーグMVPに選ばれたFB松島幸太朗が超人的なスピードで戻ってボールを拾い上げ、ピンチを防ぐ。

 34分には、山沢が小さなキックで福岡を走らせたが、この場面は流がものすごいスピードでボールに向かって駆け戻り、福岡を走らせなかった。これもパナソニックのトライパターンだったが、サントリーはすべてを織り込んだように対応してピンチの芽を摘んだ。

 徹底的なゲーム分析で対策を立て、相手の得意パターンに持ち込ませなかった――と言えばその通りだが、ほとんどのトップリーグのチームは、対策を徹底してもパナソニックのゲームスピードについていけず、トライを奪われるのが常だった。

 しかしサントリーは、全員が、最後まで相手を封じるべく走り続けた。この高いフィットネスが、4点差の勝負を分けた最大の要因だった。

沢木監督がエディーから吸収したノウハウ。

 試合後の記者会見で、流キャプテンはこう胸を張った。

「苦しい状況も多く、どちらに転ぶかわからない試合だったが、僕らは練習量に自信を持ち、フィットネスにも自信を持っていて、最後まで走り切れた。その差が少し出たのかなと思う」

 背景にあるのは、GPSを活用したデータ管理に基づく、厳しいトレーニングだ。

 選手たちが練習や試合で、どのくらいの距離をどのくらいのスピードで走り、時間の経過とともにスピードや距離がどのくらい低下するか――それらがすべてGPSを通じて数値化され、データとして蓄積される。

 これは、エディー・ジョーンズがヘッドコーチ(HC)だった時代の日本代表で活用され、現在ではトップレベルのチームで当たり前のように導入されている方法だが、サントリーの沢木敬介監督も、'15年W杯終了まで代表にコーチング・コーディネーターとして帯同し、ノウハウを吸収した。

 昨年の日本選手権終了後には単身で渡英し“元上司”が率いるイングランド代表に帯同して最新情報を収集。自身のコーチングもアップデートした。

走り込みではなく、ゲーム形式で実現した強化。

 選手1人ひとりのデータを集めて一括管理することで、どの選手の状態がいいのか、どの選手が調子を落としているかを把握し、その上で、それぞれの選手に具体的な数値目標を伝えてクリアを促すことが可能になる。

 もちろん、目標をクリアできなければ選手は試合メンバーに選ばれず、クリアできるまで自らを追い込まなければならない。

 さらにデータに加えて、各選手の負傷歴やリハビリに要した時間、それぞれの強みや弱みといった特徴も加えて、1人ひとりの「カルテ」を作る。そして、毎週、カルテをもとに選手全員と個人面談をして課題を指摘。そうした日々の積み重ねが、決勝戦の80分間を支えたのだ。

 実は、沢木監督は11月の時点で、すでに選手たちのフィットネスについて手応えを感じていた。

「毎日、ゲーム形式で行なうチーム・トレーニングを繰り返したことで、選手たちが、フィットネスはこうあるべきだという水準を超えた。その結果、ただの走り込みのようなトレーニングが不要になり、その時間を、より実戦的で負荷のかかるラグビーのトレーニングにあてることが可能になった。

 ラグビーでは、選手たちが走る意欲を持たなければ、いくらでも練習中にサボることができるのですが、今の数値は、選手たちが肉体的に厳しい状況でも、自ら走ることにチャレンジしていることを表している。それだけ、選手たちの意識が変わったのでしょう」

選手にレポートを書かせ、ディスカッションまで。

 意識を変えるために、選手たちに考えることも要求した。

 たとえば、10月21日にパナソニックに10-21と敗れるや、選手だけではなくスタッフ全員も含めて、その試合を振り返り、何が課題だったのかレポートを書かせた。「レビュー」と沢木監督は呼ぶが、単に敗因を分析するだけではなく、次に勝つためには何が求められるのか。

 そのために1人ひとりが何をしなければならないのかに至るまで考えさせて、文書で提出させる。さらに、そのレポートをもとに、チームをいくつかのグループに分けてディスカッションまで行なった。

エディーのコピーではなく、オリジナルな方法で。

 データを管理して選手を追い込む一方で、選手自らが勝つための方法を考える。

 だから、サントリーのラグビーには隙がなく、あっても試合のさなかにコミュニケーションを取り合って修正できる。そうしたチームの「文化」が、流キャプテンの言う「最後まで走り切れた」80分間に結実したのである。

 かつてサントリーを指導し、その後日本代表HCに転身したエディー・ジョーンズは、「ハードワーク」という言葉で、選手たちを厳しく管理しながら、徹底的に選手たちを追い込んだ。その結果が、2015年W杯の南アフリカ戦勝利をはじめとする成果を生んだ。

 今、その遺伝子を受け継ぐサントリーが、エディーのコピーではなく、沢木流の「ハングリーなチャレンジ」、つまりどん欲な挑戦を続けるオリジナルな方法論で、2連覇を遂げた。

 日本ベースのチームがラグビーという競技で確固たる結果を残すには、厳しい練習と、どうすれば勝てるかを考え続ける知的な体力が求められる――。サントリーが提示したこの「解」は、'19年W杯8強を目指す今の日本代表にも、当然応用されるべきだ。

Category: ,