契約は2人 野球グラブ界の陸王の挑戦

 昨年放送されたドラマ『陸王』でも描かれていたように、優秀なアスリートを巡るスポーツメーカーの戦いは熾烈を極める。プロ野球の場合、連日テレビ中継での露出が期待できる一軍レギュラークラスの選手は文字通り「争奪戦」が繰り広げられることも珍しくない。これを使ってください、ぜひウチのものを……。各メーカーが意中の選手を射止めるために奔走するのだ。当然資金力のある大手になるほど、抱える契約選手の数も増え、広告効果は大きくなる。

 そんな中、「プロから求められる、声をかけられるクオリティーを追求する」という方針を掲げ、契約選手は少ないながらも、プロ野球界でもジワジワと認知度を高めているメーカーが存在する。その名は「アイピーセレクト」という。

選手と「同じ目線」に立つ

 現在プロ野球界での契約選手は筒香嘉智(横浜DeNA)、大引啓次(東京ヤクルト)の2名。数十名の選手を抱える大手メーカーに比べると、かなり少ない数だ。同メーカーを2009年に立ち上げ、現在は「トータルプロデューサー」として携わる鈴木一平(すずき・たいら)氏は「むやみにこちらからアプローチはしていない」と語る。それはなぜなのだろうか。

「メーカーに求められるのは選手と同じ目線で意見を交わして、共通の目標に向かっていくこと。そのためには先ず、選手主動で『このグラブを使ったらパフォーマンスが向上しそうだな』と思ってもらわないといけません。そう思われる、選んでもらうために相応のクオリティーをメーカーとして追求する。『使いたいな』と思ってもらえていない状態で、選手の成長に繋がるような提案をするのは難しいと思っています」

 プロ選手契約第一号となった筒香とは2013年に販売契約を結んだプロスペクト株式会社の代表を務める瀬野竜之介氏を介して縁が生まれた。自身の方針と筒香の持つ野球観が合致し、筒香は2014年から公式戦でグラブを使用。2016年に契約を結んだ。契約に至った背景を次のように振り返る。

2014年から公式戦でグラブを使用している筒香嘉智 ©文藝春秋 © 文春オンライン 2014年から公式戦でグラブを使用している筒香嘉智 ©文藝春秋

「持っている能力はもちろん、人間性も抜群だった。鋭い感性で色々な質問、意見をくれるので、それに応えていくことで彼と共にブランドも成長できると思いました」

 選手の成長、パフォーマンス向上のためには「ただ要望に応えるだけではダメ」と鈴木氏は語る。

「選手の要望に応えるだけではなく、『そうか!』と唸るような一歩先を見た回答を用意する。選手が1年後にどうなりたいかをイメージするなら、こちらは『5年後』まで考えて、そこから1年後の姿に落とし込む。ここまでやってこそ、選手の成長に貢献できると思っています」

 ここで鈴木氏は契約選手の1人、大引とのやり取りを例に挙げた。

「彼はベテランとも呼べる年齢で技術のベースも完成されている選手です。でも、先々を考えたときに捕球の引き出しを増やしたい。なので、今回その技術に繋がるようなグラブを渡すことにしたんです」

「アイピーセレクト」のグラブを使用する大引啓次 ©文藝春秋 © 文春オンライン 「アイピーセレクト」のグラブを使用する大引啓次 ©文藝春秋

 選手の描くイメージの一歩先を見据えているからこそ、伝えられることがある。これも鈴木氏がこだわる「同じ目線」に立つからこそ為せる技だろう。

「固定観念」を持たず、「変化」を楽しむ

 取材の冒頭で「メーカーとしてのこだわり」を尋ねたときのことだ。鈴木氏は少し間を置きながら、こう答えた。

「言ってみれば『こだわらない』ことがこだわり……ですかね(笑)。固定観念は持たないように。選手からの意見を『いやいや、グラブはこういうものだから』と突っぱねてしまうと、その時点でメーカーも選手も成長が止まってしまう。意見をもらったら、とりあえずやってみる。変化を恐れないというのがこだわりですね」

 固定観念に縛られない。この考えは海外に生産拠点を設ける際にも如実に表れた。グラブの製造国としては馴染みの薄い韓国を選んだのだ。

「韓国ともう一か国にサンプルを作ってもらったんです。そこは韓国と違って、グラブ製造では有名な国。当然出来上がったグラブはそっちの国の方が圧倒的に整っている。反対に韓国のグラブは完成度が低かった。でも、グラブから作った職人の思いや人間性が伝わってくるし、『良くなりそう』という予感もあった。それに韓国は野球が盛んな国。グラブの奥から野球が透けているような、野球が根付いている国で作りたいという思いもありました」

 現在は一部の定番商品を韓国の職人が製造。鈴木氏との入念な打ち合わせと試行錯誤を重ね、「自信を持って出せます」というレベルに高めている。

トータルプロデューサーの鈴木一平氏 ©井上幸太 © 文春オンライン トータルプロデューサーの鈴木一平氏 ©井上幸太

 数々の柔軟な発想を見せる一方、ブランドとして譲れないものもある。ユーザーが納得する「高い品質」を守り続けることだ。

 アイピーセレクトは国内生産のグラブの場合、一般向けの商品も工程を分担することなく、職人一人一人が組み上げる。その高い品質は一般ユーザーの中でも話題になり、注文が殺到。2016年には生産ラインがパンクする事態が起きた。

「オーダーグラブはもちろん、カタログに載っている定番商品の製造も間に合わない状態になってしまって。ユーザーや小売店の方々から『どうなってるんだ!』というお叱りの電話が毎日鳴り止まない状況でした」

 他の工場に外注したり、職人を雇えば急場を凌ぐことはできる。とにかく数を作れば、売上も伸びるだろう。けれども、品質を落とすことは絶対にしたくなかった。

「ただアイピーのラベルを貼りつけた商品ならいくらでも作れる。でも、お客さんが求めているのは良いもの、『本物』なんですよね。小売店の方にもウチの方針、ブランドのコンセプトを根気強く説明することで納得して頂きました」

 約1年間、オーダーグラブの受注をストップし、定番品の制作に終始。2017年春から受付を再開したものの、1月あたりの受注数を限定する方式を採っている。その中でも「新しい職人と面接したり、色々進めています。同じ轍を踏んではいけないので」と、ここでも「変化」を厭わなかった。

「年月をつみ重ね、進化しつづける機能美」。アイピーセレクトが掲げるコンセプトだ。変化を恐れず、選手達と共に進化を続け、使うものの潜在能力を引き出していく。飽くなき挑戦の先で、選手とともにアイピーセレクトがどんな姿になっているか。今から楽しみでならない。

大引(左)、筒香(右)がシーズンで使用したグラブ ©井上幸太 © 文春オンライン 大引(左)、筒香(右)がシーズンで使用したグラブ ©井上幸太

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