新時代築く「文武両道型」アスリート

「野球エリートが勉強もできること」が肯定的な文脈で語られるようになったことがすでに、状況が変わりつつある証拠だ。 © photograph by Kyodo News 「野球エリートが勉強もできること」が肯定的な文脈で語られるようになったことがすでに、状況が変わりつつある証拠だ。

 ちょっとした時代の変化を感じている。

 アスリートを育成していくなかで、専門的な技術を習得するのが重要になるのは当然のことだが、昨今はスポーツだけでなく、勉強にもしっかりと力を入れて成長を遂げる「文武両道型」アスリートが高校野球界にも生まれつつあるのだ。

 今年のドラフトで千葉ロッテから1位指名を受けた安田尚憲選手が、まさに、そのタイプだ。

 安田は高校屈指のスラッガーへと成長を遂げる過程の中で、野球だけではなく勉学にもしっかりと取り組んできた。

 小学生のころから歴史書を読み漁り、勉強をすることが当たり前と教育されてきた。

 高校女子駅伝部の監督を務める父が社会科の教諭ということもあり、歴史に関心を寄せてきた。12歳年上の兄・亮太さんはPL学園で前田健太とバッテリーを組み、明治大から三菱重工に進んで今も活躍する現役選手で、その兄の影響も大きい。「お前から野球をとったら何も残らないといわれるような人間になるな」と教えられてきたそうだ。

指導者の意図を理解できなければ、成長は鈍る。

 安田は勉強で培ってきた力をこう語る。

「勉強と野球が繋がっていると感じるようになったのは高校生になってからですけど、自分がやってきたことの意義は感じています。小学生のころから難しい本を読んできたんですけど、正直、当時は本当の意味は分かっていなかったと思います。でも、分からない言葉があったりしたら、本を読んでも面白くないじゃないですか。そういうのを分かるために調べたりしていたので、基礎知識の習得や物事を理解する力に繋がっているのはあるかなと思います」

 教師が何を教えようとしているのか、指導者が何を伝えているのか。

 その意図が分からないまま聞いているだけの人間は、物事を吸収することができない。結果として理解に時間がかかり、自分が求められていることを受け止めるのが遅くなる。そうなっていくと、自分の立ち位置や果たすべき努力の方向性が定まらなくなってしまう。

安田「考える力がないと、成長の度合いに関係する」

 安田は履正社という強豪校に在籍しながらも、勉強を続けることで、考える力の重要性を強く感じてきたという。

「考える力がないと、成長の度合いに関係するんじゃないかなと思うんです。指導者からいわれたことをどう受け止めるか。例えば指導者から怒られたり、試合の途中で交代させられたりすると最初はへこみますけど、そこからどう考えるかが大事だと思うんです。それが分からないと、いつまでも自身を変えられない。指導者にいわれたからやるのではなく、自分で考えて練習をやってみる。次は結果が出るんじゃないかと思い浮かべて練習することは大切なんじゃないかなと思います」

 日本での指導は、往々にしてトップダウン式になりがちだ。それは勉強、スポーツどちらの分野でも1つの課題であろう。

 安田は歴史書を読み漁ってきたことから、日本史のテストは90点を常時超える。偏差値は75ほどもあったという。それは、勉強をしてきたことに加えて、興味を持って歴史書を開き、物事の文脈を理解する力を培ってきたということだ。その力を野球へとつなげていることに意義がある。

履正社の監督は、選手の理解力で指導法を変える。

 指導歴30年の履正社・岡田龍生監督は、勉強もしっかり取り組む選手とそうではない選手では、成長度合いはやはり異なってくるという。

「安田に関しては理解力が優れていると思います。そういう選手に対する指導方法としては、より高いレベルの話をして導いてやらないといけないじゃないですか。高度な話ができる選手であれば、そうでない選手と話の仕方は違ってきますし、それだけ成長スピードは速くなります。逆にいえば、理解する力があまりない選手はそれだけ成長のスピードは遅くなってしまう」

 安田のインタビューを聞いていると、決して取材者に乗せられて大きなことを言ったりしないことに気がつく。おっとりしているようにも見えるが、等身大の自分を捉えて確実な目標を立て、確実に前進していくのだろうなと想像が浮かぶのだ。

「語彙力が高くて、言い回しがうまい人はかっこいい」

 彼のような「文武両道型アスリート」は、今後のモデルケースにもなりうる。

 アスリートとして成長するためには、他のことを切り捨ててでも専門性を高めて鍛えるべきという発想になりがちだが、実は視野を広げて勉強もすることで、知識が増えて人としての器も広がっていく。その上で、理解力が高まり、成長への後押しとなっていく。

「大人の人と話していて、語彙力が高かったり、言い回しがうまい人は本当にかっこいいと感じます。これからも勉強はしっかり続けていきたいですね」

 そんなドキっとするようなことを安田はたまにいう。

 人の話をしっかりと聞ける人間だからこそ、そうした言葉が出てくるのだろう。

 安田のような勉強との両立を果たしてきた選手がプロで成功を収めれば収めるほど、世間の見方は違ってくるはずだ。スポーツだけに没頭すればいいという考えは、もはや時代遅れである。

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