貴乃花親方「不可解行動」の根幹は
横綱日馬富士(33)が平幕貴ノ岩(27)に暴行した問題で、貴ノ岩の師匠として日本相撲協会による聞き取り調査を断固拒否し、報道陣の問いかけにも沈黙を貫いている貴乃花親方(45)=元横綱。あえて自ら孤立を深めているようにみえるが、その行動規範というべき愛読書がある。昭和の角聖こと、第35代横綱双葉山(時津風定次)が書いた1冊だ。(夕刊フジ編集委員・久保武司)
貴乃花親方が隅々まで熟読し関係者に一読を勧めているのが、双葉山の著書「横綱の品格」(ベースボール・マガジン社新書)。1956年に発売された「相撲求道録」(黎明書房)に加筆、修正されたもので、双葉山が考える横綱としての心得がつづられている。
記者が貴乃花親方からこの本を手渡されたのは、暴行事件を起こして引退した元横綱・朝青龍(ドルゴルスレン・ダグワドルジ)氏が世間をにぎわしていた2009年のこと。まさに「横綱の品格」が問われている最中で、貴乃花親方は当時から朝青龍の横綱としての言動や行動には批判的だった。
記者は貴乃花親方と2人だけで話した際、「横綱の品格とは、どういう意味だと思いますか?」と質問した。貴乃花親方に返答の代わりに「この本を読んでみてください」と差し出してくれたのが、この1冊だったのだ。表紙の裏に『不惜身命』と座右の銘を添えてサインもいただいた。
この本には双葉山の生い立ちから、横綱としての稽古、心得などがまとめられている。双葉山は幼い頃に友人の吹き矢が当たり、右目がほとんど見えず、機械に手を巻き込まれ右手小指を失うハンデもありながら、「立ち合いの変化、待ったをせず、相手が立てばいつでも受けて立つ」という横綱相撲を貫いた。相手より一呼吸遅れて立つ“後の先(ごのせん)”を磨いて69連勝を達成した。
この本の中で横綱の振る舞いの基本として紹介されているのが『木鶏(もっけい)』の話だ。中国の古典に出てくる寓話で、むかし闘鶏飼いの名人は、鶏は空威張りをしたり、興奮したり、相手を見下すうちは駄目で、木で彫った鶏のように、いかなる敵にも無心で立ち向かえるようになって初めて最強の域に達したと認めた-という内容だ。
双葉山が1939(昭和14)年初場所4日目に安藝ノ海に敗れ70連勝を逃した際、知人に「イマダ モッケイタリエズ フタバ」と電報を打ったのは有名な話だ。
この問題が発覚してから貴乃花親方は沈黙を続けている。相撲協会の危機管理委員会から求められている貴ノ岩の聞き取り調査も拒否。行く先々で報道陣に囲まれ、顔の間近にマイクを突き付けられても、顔色ひとつ変えずにいる。双葉山の教えを守り、『木鶏』を貫いている。
26日の九州場所千秋楽打ち出し後、貴乃花部屋の打ち上げ会で、支援者らに沈黙を続けている理由を次のように説明した。
「報道の方々は、私にしゃべれしゃべれと言いますが、しゃべるだけ貴ノ岩の傷が癒やされない状況になっていくのは間違いがございません。これは教科書には書いておらず、私が入門したてのころからマスコミさんとお付き合いのなかで学んだことです」としたが、実は木鶏を貫いているのだ。
さらに理想とする相撲界について、次のように語っている。
「日本国体を担う相撲道の精神、相撲道の精神とは、角道と言います。私どもが相撲協会教習所に入りますと、陛下が書かれた角道の精華という訓をいちばん最初に学びます。この角道の精華に嘘をつくことなく、本気で向き合って担っていける大相撲を、貴乃花部屋は叩かれようが、さげすまれようが、どんな時でも土俵に這い上がれる弟子を育ててまいります」
今後も日本相撲協会執行部とせめぎ合いを繰り広げるつもりだろう。
実は横綱・白鵬も尊敬する人物に双葉山を挙げ、連勝が止まった際に「いまだ木鶏たりえず」とコメントしたこともある。前人未到の優勝40回を誇るとはいえ、立ち合いではプロレスまがいの張り手、かち上げ(肘打ち)を常套とし、九州場所11日目には完敗した際「待った」を主張して不満をあらわにするなど、木鶏にはほど遠い行状が目立つ。貴乃花親方が顔をしかめているだろうことは想像に難くない。
