観客はサクラ 22年W杯開催地の無気力

「カタール・スターズリーグ(QSL)」の試合は、いつもこんな感じの観客席だというが……。 © photograph by Sebastian Castelier 「カタール・スターズリーグ(QSL)」の試合は、いつもこんな感じの観客席だというが……。

 2022年のワールドカップ開催を控えるカタールだが、開催地決定の際の不正疑惑報道が世界を賑わせて以降は、さしたるニュースも聞こえてこない。そのカタールを、『フランス・フットボール』誌11月14日発売号は取り上げている。

 雰囲気を盛り上げるために金で雇われたサポーターと、芳しくないリーグの評判――。

 5年後のワールドカップに向けて、サッカーを根づかせようと必死に取り組む姿と抱える問題を、クエンタン・ミュレール記者がレポートする。

監修:田村修一

わずかな観客も、お金で動員されている?

 21歳のアブドゥル・ラーマンは、白いディシュダシャ(アラブ地域の白く長い服)に身を包み楽し気に歌っている。

 彼の周囲では、クラブチーム「アル・ライヤン」のチームカラーである赤いTシャツに身を包んだ50人ほどの男たちが一緒に手を叩いてリズムをとっている。太鼓の陽気な音が、観客のいない閑散としたジャシム・ビン・ハマド・スタジアムに鳴り響いく……。

「カタール・スターズリーグ(QSL)」でのアル・ライヤンとアル・マルヒアの試合は、地元の人々の関心をほとんど集めていない。そしてスタンドで唯一音を立てている人々はカタール人ではなかった。そんなサポーターの1人であるアブドゥル・ラーマンが説明する。

「ここで騒いでいるのはエジプトやスーダン、僕のようにイエメンから来た連中だ。クラブは1人当たり200カタールリヤル(約45ユーロ)を払って、試合の雰囲気を盛り上げようとして僕らを雇っているんだ。カタール人にはそんな少ないお金は必要じゃないし、そもそも彼らは試合を見に来ない」(QSLの事務局は、われわれの度重なるインタビュー要求、とりわけクラブのサポーターへの謝礼支払いに関する質問の回答をことごとく拒否した)

王家と国力を挙げてのサッカー振興も不発に。

 パリ・サンジェルマン(フランス)やマラガ(スペイン)、あるいは最近のエウペン(ベルギー)やデポルティーバ・レオネサ(スペイン)の買収は、カタールを国際サッカーの主役の座につかせたいアルタニ王家の戦略の一環である。

 だが悲しいかな、自国においては、ワールドカップ開催を5年後に控えながら、サッカーは社会的に脇役の地位にずっと甘んじている。

 この10年間で10人の代表監督が名を連ねているカタール代表の試合も、12チームで構成されるQSLの試合も、ほとんど観客は入っていない。カタール人にとってサッカーは、情熱を注ぐ対象ではなく、生活の糧を稼ぐひとつの手段に過ぎない。

カタール国民の平均月収以下のサッカー選手。

「アル・サッド・スポーツクラブ」のストライカーでカタール代表のキャプテンでもあるハッサン・ハリド・アルハイドスは、数少ないカタール生まれの選手である。クラブの練習グラウンドで、少年たちのトレーニングを眺めながら彼はこう語った。

「僕が彼らの年頃だったころは、両親は僕がサッカーを生業にすることを望まなかった。ここではサッカーは職業とは見なされない。親は僕が警官になるか、学業を続けることを望んだ。

 社会や家族は子供をプロサッカー選手にはしたがらない。そもそも成功を得るための有力な方法とは見なされていないんだ」

 カタール人の平均月収が2万ドルであるのに対し、サッカー選手の平均給与は月1万2000ドルにすぎない。

「警察官よりちょっといい程度だ」とアルハイドスは言う。

「ビジネスで成功すれば、もっとずっといい収入が得られるんだけど……」

 秋の日の夕方、気温はようやく40度を下回るようになった。

「選手のほとんどはサッカーへの情熱など持っていない。彼らはただ(生活のために)選手になっただけなんだから。

 フランスでもポルトガルでも、子供たちはプロになることを夢見て街頭でボールを蹴っているだろう。でもここカタールでは、他にも高給がもらえる職業がたくさんあるし、もっと割の良いプロフェッショナルな仕事や、莫大な収入を得る機会も無限にあるからね」

生粋のカタール国民は30万人しかいないので……。

 最近になって、23人の代表選手中8人まで外国出身者を起用することが、国際的にも認められるようになった。だが、カタール生まれで現地でプレーしている選手でも、その誕生や居住の条件に対して厳格にカタールの法律が適用されたためにカタール国籍を持っていない者もいるという。

「“スポーツパスポート(スポーツ選手専用の国籍)”を持っているだけの代表選手が何人もいるんだ」とアルハイドスは打ち明ける。

「生粋のカタール人の数はとても少ない(およそ30万人)。それが事態を複雑にしている理由さ」

 2013年、フランス人指導者であるジャメル・ベルマディがカタール代表監督(最初はユースチームの監督)になり、彼の尽力によりカタールは若い外国人選手を惹きつける国になった。

 まずQSLでプレーし、その後スポーツ枠で帰化して代表に入る――。

 QSLのクラブの選手が足りないために2010年にドーハにやって来たカリム・ブディアフ(フランス生まれの帰化カタール人)がまさにそれだった。

「そのとき僕は18歳で、ナンシー(フランス)でプレーしていた」とブディアフが当時を振り返る。

「プロになれる保証はまったくなかった。だからベルマディから来るように要請されたとき、躊躇なく承諾したんだ」

カタール代表になった外国人選手たちの本音。

 アルナ・ディンダン、バカリ・コネ(ともにコートジボワール代表)とともに、若きボランチはカタールリーグで試合を重ねた。5年が過ぎて、彼は他の外国出身選手選手たちとともにカタール代表入りを果たした。

「それは国家的プロジェクトの一部で、僕が行く前からすでに発表されていた。すべてはつつがなく経過し、僕はここを本当の故郷のように感じ今はカタール人として暮らしている。ワールドカップにもきっといつか出場できると信じている」

 ブディアフは自分の願いを実現しつつあるが、他の外国人選手たちにとってカタール代表は金銭と同義である。

 カタールとブラジルを行き来するある代理人はこう語っている。

「カタールでプレーしているブラジル人選手は、カタールという国のためにプレーしているわけではない。純粋に金銭的な目的で代表に入っているだけだ」

カタール代表の非常に重要な試合にさえ、熱気が無い。

 QSLの平均観客数は公式発表では5000人である。だがこの数字は大いに疑わしい。

 ドーハでのフランス語ラジオ放送である「オリックスFM」でニュース等を担当するジャーナリストが、カタールにおけるサッカー熱の低さを告白した。

「2014年ワールドカップ予選の天王山、ドーハでの韓国戦を私はよく覚えている。前半は1対1で折り返したが、カタールは1対4で韓国に敗れた。選手がスタジアムを去るとき、出口で彼らを待ち構えるものは誰もいなかった。カタール代表の選手たちは互いに冗談を言い合いながら、それぞれの車で散って帰ったよ」

世界的有名選手がいるのに、なぜスタジアムに来ない?

 常駐する高級ホテル「ケンピンスキ」のソファーに座りながら、クラブチーム「アル・ライヤン」の監督を務めるミカエル・ラウドルップは、今の状態がまるで定年前退職のようであることを隠そうともしなかった。

「スウォンジーの監督の後は、これまでとは違った生活を送りたかった。僕はここで平穏に生きる機会を得たんだ。ここでは生活のすべてがひとつの街の中で賄えるんだ。遠くへ移動する必要もないし何かを待つ必要もない。リーグの試合をするためにホテルを転々としながら、空港へ行き来することもない。プレッシャーとはまったく無縁の世界だ」

 代表キャプテンのアルハイドスが、さらにカタールのサッカー文化に疑問を付け加える。

「最大の謎は、どうして誰もスタジアムに来たがらないのか、誰にも説明できないことだ。空調を完備した大きなスタジアムがある。ピッチも素晴らしく、その上でシャビはじめたくさんの国際的ビッグスターがプレーしている。なのにカタール人のファンたちは自宅から出ようとしない。すべては観客を喜ばせるためにやっているのに」

スタジアムに来ない熱烈なサッカーファンもいる!?

 ナジ・アルマリは、ふたりの子供を連れてスタジアムに観戦に来ている数少ないカタール人のサポーターである。

「QSLのサッカーレベルはまったく高くないが、僕の場合はクラブ(アル・ライヤン)への愛がプレーの美しさへの追求を上回っているのでね」

 そう言って、彼は皮肉気味に笑っていた。

「選手たちはプロとは言えない。平気でタバコを吸うし、暴食のうえ就寝時間も遅い。実際の試合を見れば、なぜ誰もスタジアムに来ないかすぐわかるはずです」

 そんなファンがいる一方で、この考え方に反論する人もいる――「カタール・スポーツクラブ」の監督を務めるガブリエル・カルデロンである。

「それぞれの国に独自の試合の見方がある。アルゼンチンならば誰もがクレイジーになるし、フランスは『アレー・レ・ブルー!』の大合唱が起こる。カタールでは、静かにテレビの前に座って試合を見る、というだけだ。

 そうした観戦方法の違いがあるといっても、どの国もサッカーを愛していることに変わりはないんだ」

カタールに溢れる海外労働者もサッカーをよく知らない。

 カタールはサッカー強国として近道を辿ろうとしていて、そのために国の抱える現実に数多く直面しているのは事実である。

 例えば、国の経済を支える海外からの労働者のほとんどは、インド亜大陸とフィリピンから来ている。どちらもサッカーがNo.1スポーツではない地域である。

 また彼らのほとんどは、家族や子供と離れて単身でやって来る。観戦に行くような金銭的、時間的余裕もそれほど持たない。

 そういった様々な要素が、カタールサッカーの発展を阻害する要因になっているのだ。

 1981年ワールドユース選手権(現U-20ワールドカップ)ファイナリストであり、直近では2014年ガルフカップで優勝をしている。そんな過去の栄光も少しは持っているカタールは、だが、サッカーの世界ではいまだマイナーである。

 ロシアワールドカップ予選でも敗退し、本大会出場を逃している。

「文化的背景なしには、サッカー人気を構築することなどできない」とラウドルップは言う。

「ヨーロッパでは150年前まで歴史を遡れる。そのように、サッカー文化を作り出すには時間がかかるんだ。数年で成しとげることなどあり得ない」

クウェートW杯があればフセインは戦争をしなかった!?

 ナビル・エナスリは、カタール研究の専門家である。

 彼によれば、カタールという国のサッカー界への巨額投資は、サッカーに多大な情熱を注いでいた前首長ハマド・ビン・ハリファによる外交政策に過ぎないという。

 PSGの買収と2022年のワールドカップ開催は、1990年のイラクによるクウェート侵攻と、今年6月5日以降のサウジアラビアと近隣諸国による国交断絶などで傷ついた中東の小国カタールに、いくばくかの希望を与えている。

 エナスリは、さらにこう続けた。

「もしクウェートで'90年ワールドカップ開催が決まっていたら、サダム・フセインは決してクウェート国境を侵犯しなかったはずだ。他方で近年はサウジアラビアの影響下から離れたいというカタールの政治的な意志も感じられるが……」

日本円にして20兆円以上もの開催費用に!

 ワールドカップ開催のために、カタールは2000億ドルの費用投下を予定している。これはロシアのそれを1730億ドルも上回る。

 次期カタール代表監督の呼び声が高いシャビ(今季限りで現役を引退し「指導者になる」ことを明言)は、「カタールが5年のうちに十分な進歩を遂げる」ことを願っている。

「選手の数が限られているから、今いる選手たちに力を注いで彼らを強くしていく以外にない」とシャビは語る。

 そのためにQSLは、所属するすべてのチームにどの試合でも少なくともひとりのU-23世代の選手を出場させるよう義務づけた。また外国人選手の起用も4人以下に制限した。そうすることで代表の活性化を図り、5年後に控えている世界的な大イベントに向けて、国民の情熱を一点に集中させようとしているわけだ。

 そのための手段は、たぶんまだたくさん残されている。

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