J注目KKコンビ 心技体ともに父親譲り
© photograph by Takahito Ando 父親が野球選手、息子がサッカー選手のパターンは「高木3兄弟」を筆頭に増えている。旗手もその一員である。
高3の夏過ぎまでプロのスカウトの目にも留まらなかった男が、2年経った今、多くのJクラブの熱視線を浴びる存在となっている。
順天堂大2年生のFW旗手怜央。
昨年の関東大学リーグでルーキーながら9ゴールを叩き出し、新人賞を獲得した。2年生となった今年もその勢いはとどまらず、第29回ユニバーシアード競技大会(台北)のメンバーにも選出された。2年生での選出は同じくプロ注目の筑波大MF三笘薫と2人のみであり、旗手は同大会のレギュラーとして3ゴールを挙げて優勝に大きく貢献をした。
冒頭で触れた通り、今や大学サッカー界において、旗手と三笘は多くのJクラブが獲得を目論む“2大注目株”となった。
この「旗手」という名字でピンと来た人がいるならば、むしろ高校サッカーではなく高校野球ファンかもしれない。
実は彼の父親は1984年、PL学園のショートとして、甲子園で春夏連続準優勝を経験した。清原和博と桑田真澄の“KKコンビ”の1学年先輩で、マウンドには桑田、ファーストには清原がいた超豪華布陣の中で、身体能力の高さを活かした華麗な守備と繊細なバッティング技術で、名門の全盛期を彩った1人である。
「プロになりたいとはずっと思っていたけど……」
その愛息である怜央は野球ではなくサッカーの道を歩んだが、これまでのキャリアについてこう話したことがあった。
「プロになりたいとはずっと思っていたし、プロになるために順天堂大に来た。でも、この状況は自分でも少し驚いています」
本人も目を丸くするように、静岡学園時代は3年秋になってもプロからの声は一切掛からなかった。高2の高校選手権でベスト8入りに貢献し、優秀選手となったが、それ以外は全国大会とは縁がなかった。高3ではインターハイ予選、選手権予選ともに敗れたからだ。
もし、ここで1度でも全国に出ることが出来ていたら、どこかのクラブが獲得に本腰を入れていたかもしれない。だが、彼は一度もプロの練習参加すらも叶わなかった。この状況だっただけに「高校からプロは絶対に無理だと思っていた」と語るのも無理はない。
だが、当時からポテンシャルの高さは十分に魅力的だった。
高校時代はプロ内定DFをきりきり舞いにしたことも。
三重県のFC四日市時代は、ボランチとしてゲームをコントロールする側だった彼が、全国トップレベルの技巧派集団である静岡学園の門を叩いてからは、弾丸ドリブラーへと変貌を遂げた。172cmと小柄だが、屈強なフィジカルと、抜群のボディバランスに天性のバネとスピードを兼備し、力強いドリブル突破は彼の代名詞になっていった。
静学仕込みのテクニックを3年間みっちりと身体に染み込ませ、それをトップスピードで繰り出す術を身につけた。さらに低い重心と強靭な足腰を活かして、左右両足から繰り出す強烈なシュートを磨き上げていた。
高校時代にもその能力をフルに発揮した試合があった。それは順大進学が決まり、彼にとって高校最後の試合となった高円宮杯プレミアリーグ参入戦だ。この年のプリンスリーグ東海を制した静岡学園は、翌年の昇格を懸けて、プリンスリーグ九州1位の大津との戦いに挑んだ。
試合こそ延長戦の末に2-3で敗れたが、旗手はずば抜けた存在感を示していた。トップ下で出場し、再三切れ味の鋭いドリブルを繰り出して、DF野田裕喜(現・ガンバ大阪)を擁する相手守備陣を翻弄した。
0-1で迎えた55分には、左からの折り返しを受け、鮮やかなワントラップから同点ゴールを叩き込んだ。その後も攻撃の中心となり続けた彼に、視察に来ていたJクラブのスカウトも釘付けになった。獲得に動こうとしたクラブもあったと聞くが、すでに進学が決まっており、諦めざるを得なかったのだという。
台風21号の中、10クラブ以上のスカウトが見守った。
そんな“遅咲きの花”は順大に進学し、一気に花開いたのだ。
10月22日の関東大学リーグ第18節・順大vs.流通経済大でのこと。関東に台風21号が接近し、バケツをひっくり返したような豪雨の中で行われた試合だったが、会場の柏の葉公園総合競技場には数多くのスカウトが集結した。
ざっと列記すれば、以下の通り。
鹿島、川崎、G大阪、浦和、磐田、FC東京、仙台、清水、千葉、岡山などだ。
相手の流通経済大、第2試合の筑波大にもJ内定選手や注目選手がいるが「旗手を観に来た」と明言するスカウトもいるほどで、会場は熱気に包まれていた。
重馬場ピッチも「まったく苦に感じなかった」。
この試合でも旗手は“違い”を見せつけた。ピッチ上には水たまりが浮かぶほど、水浸しのピッチの中でもだ。
他の選手が水たまりにハマって止まるボールや、重たくなったボールに苦戦する中で、「まったく苦に感じなかった」とさらりと言ってのけた彼は正確なプレーとともにパワフルなドリブルとシュートを披露した。
前半立ち上がりにはドリブルで2人をぶち抜き、ペナルティーエリア外から強烈なミドルシュート。25分には浮き球を左サイドで受けると、カットインから右足シュート。いずれも枠をそれたが、“重馬場”のようなピッチをモノともしなかった。
そして1-1で迎えた80分、GKが蹴ったボールのこぼれを前線で収めようとポジションを取った。味方がヘッドですらしたところ、MF杉田真彦の前にこぼれると、彼はとっさの判断をくだした。
「杉田さんのところにボールがいった瞬間に、裏を狙おうと思った。裏を取る動き出しをしたら、狙い通りの浮き球のボールが来た。絶対に雨でボールが止まると思ったので、全力疾走をして先にボールに触ろうと思った」
イメージ通り、ボールが止まるタイミングに合わせて猛スピードで到達すると、ダイレクトで右足を振り抜いた。ボールは水しぶきを上げながらゴール左隅に突き刺さると、旗手は膝を芝に滑らせながら雄叫びを上げた。
旗手のゴールが決勝点となり、順大は首位・筑波大との勝ち点差を2に縮めたのだ。
本来は裏を狙うのが持ち味の旗手だが……。
「先制されたときに『このまま終わったら自分のせい』と思っていたので、何が何でも1点を獲ろうと思っていた。今日はボールが止まるので、DFの背後なら自分達は前向きで優位にプレーできる。そこで試合前から裏に飛び出して、マイボールにできればチャンスになると思っていた」
この決勝ゴールはまさに狙い通りの形だった。しかし、このシーンに至るまでの彼のプレーこそ、大学での大きな成長が隠されていた。
「積極的に裏を狙うのがベスト」
試合前からこう考えていた旗手だが、もし裏を狙い続けてばかりだったら、結果は大きく違っていたかもしれない。
ロングボールが飛ばないのだからボールを受ける。
土砂降りの雨によってショートパスは繋げず蹴り合う展開になったが、ロングキックもそこまで飛距離を出せず、裏を警戒して最終ラインもむやみに上げなかった。
もし旗手が裏を狙い続けていたら、ほとんどのボールがその前で相手DFにカットされ、そのままカウンターに繋がれていただろう。順大DFからすれば、弾き出しても戻って来るの繰り返しの状況になる可能性もあった。
「失い方が悪いと、流通経済大の前線の3枚はフィジカルが強くて足が速い選手ばかりなので、カウンターの餌食になる。なので、ピッチコンディションも考えて、ウチも割り切って前に蹴るというチーム判断だった。そういうボールが来たときに、僕ら前の選手がしっかりキープしたりタメを作ることができれば、後ろも楽になるし、試合も上手く進むと思った。蹴った後の自分の動き出し、ボールキープは意識した」
ひたすらドリブルだった高校時代からの脱皮。
それを見越した旗手は、前半は敢えてDFラインの前で何度もスプリントを繰り返しては、ボールを足下に収め、そこからドリブル、パス、ミドルシュートを打つことでリズム構築とカウンターリスクの軽減を図った。
そして69分に相手に退場者が出ると勝負所と見て、裏への動き出しを積極的に狙った。その帰結が決勝ゴールだったというわけだ。
「高校時代はひたすらドリブルだったけど、大学に入って自分の得意な形に持ち込むまでのオフザボールの動きや、戦況を見てプレー選択する力を磨いています。特に練習から1個上の名古(新太郎)さんがそういう動きが上手いので、見て学んだり、堀池(巧)監督が何度もアドバイスしてくれるので、それを自分なりに考えて、自分なりにアレンジしています」
「父はいつも自分の決断を尊重してくれる」
心身ともに成長し、プロへの階段を加速して上り出した旗手。彼のベースは競技こそ違うとはいえ、同じアスリートだった父の存在にある。
「父はいつも自分のやりたいこと、自分の決断を尊重してくれる。私生活の面やメンタル面でも凄く参考になるアドバイスをもらえますし、僕の身体能力は父ゆずりだと思うので、そこも凄く感謝しています」
体格に恵まれなかった父も相当な努力を重ねて、日本一の選手層の厚さを誇った超名門校のレギュラーを勝ち取った。そんな父のプレースタイルは、今の息子に繋がっている。
「サッカーについて多くは語りませんが『部屋が汚いと怪我をする』と言われ、部屋の片付けや整理整頓をきちんとするようになったし、『良いプレーができなかったとしても、落ち込みすぎると、次のプレー、試合に影響するから切り替えることも大事』だということも教えてくれた。だからこそ、プレーでしっかりと見せたいんです」
心強いサポートを背中に受け、彼は未知なる世界へ飛び込もうとしている。もう彼は“無名の存在”ではなくなり、“プロで即戦力となる男”という評価に一変した。今後すべてのプレーがプロ基準で判断される中で、流通経済大戦のようにJスカウト陣を唸らせ続けられるか。それができれば、彼のキャリアはより早急に切り開かれていくだろう。