指揮官としての成長、金本監督の変化

1年目よりも金本監督のメディア露出は大きく減った。しかし自らのスタイルを確立した今年の方が、より「らしい」シーズンだった。 © photograph by Nanae Suzuki 1年目よりも金本監督のメディア露出は大きく減った。しかし自らのスタイルを確立した今年の方が、より「らしい」シーズンだった。

 CS敗退が決まった直後の会見、金本知憲監督は、さすがに少し青ざめてみえた。

 とはいえ、その顔つきと口ぶりは、喜怒哀楽のどれが勝っているわけでもない。極めて平穏なのが印象深かった。

「雨を理由にすると言い訳になりますけど、そうじゃなしに、向こうの打線が調子を上げてきたなと感じました。時の運もあるし、勝負運というか、勝ち運というか。結果がすべてなんで」

 タイガースファン歴48年、私はしみじみと金本監督のコメントを味わった。いかにも彼らしいものいい、アニキならではの万感がこもっているというべきであろう。

 物議をかもした“泥試合”の第2戦、先発が崩れ、適時打が出ない今シーズンの悪いパターンが露呈してしまった第3戦……グチや反省は多かろうが、金本監督はそれらをぐっと胸にしまいこんでみせた。

 私、のうのうと57年も生きてきたが、それなりに苦労はしてきたつもりだ。人間、なかなか金本のようにはいかぬ、とつくづく思う。

 負けて悔しがりすぎず、その一方で、勝ちを歓びすぎず。

 勝利の栄誉は選手とコーチに、だが、敗戦の責は己に。

 2017年の金本監督には、こういった発言や態度が見てとれた。彼は繰り返した。

「上しか見てないし、前しか見ない」

 敗戦の日、最後はこう締めくくっている。「明日、やりましょう」

 昨季の、ふがいない展開に激昂して椅子を蹴とばしたり、選手を名指しして強い調子で叱責するといったシーンが目立って減った。そこに、彼の指揮官としての成長、責任と自覚、プライドを強く感じる。

 金本知憲、ひとまわり人間が大きくなった。

シビアな現実を直視しつつも、ユーモアを忘れない。

「今年も我慢の年になると思う。『我慢に挑む』かな。(優勝なんて)簡単にいくわけがない」

 元旦のスポーツニッポン紙で、金本は抱負を語った。スローガンは「超変革」から「挑む」へ。チーム事情は、若手にまだ盤石の信頼を置けない。加えて、鳥谷敬や上本博紀、大和などベテラン、中堅が不振から立ち直れるのかという不安もある。

 景気よく花火を打ち上げるのもけっこうだが、シビアな現実を直視する監督の姿勢がいい。とはいえ、だからといって新年早々、暗くならないのが金本のキャラクター。辛辣ではあるけれど、フッと力を抜き緊張を緩和させるユーモアのセンスを備えている。

「(昨季、若手がシーズンを通して活躍していたら)横田、江越でガーッと行って足でかき回すぞ……と言えるけど、今は言えないから。そこをみんな分かっていないんだよ(笑)」

 記事からは、金本がガハハと呵々大笑したのか、苦い笑いを浮かべたのかはわからない。しかし私は、彼が眉をすっと上げ、それから眼を細めてみせたシーンを思い浮かべた。

 なんとならば、今季、試合後にそんな表情を浮かべた金本監督を何度もみたからだ。

 ちなみに、日刊スポーツ(1月3日)で語った新年の抱負も紹介しておこう。

「まずしっかりと地力をつけたチームを作りたい。骨太のチームを。2、3年に1度は絶対に優勝するぞ、という土台を作りたい」

北條を走らせた後に「僕が一番優しいんだよ」。

 昨年のキャンプ初日、金本はこう吼えていた。

「全体的に(バーベルの)重量が軽い選手が多いんじゃないか! 追い込んでやらせなさい!」(1月27日東京スポーツ)

 そういえば、現役時代の彼は嘯いていた。

「貧血になって半人前、ゲロをはいて一人前」

 筋トレになったら、眼の色が変わってしまうのが金本。己に厳しく、他人にも厳しい金本。筋肉で野球をする金本。

 ランニングでも一切、手を抜かない。ルーキー大山悠輔にはケツバットがとんだ。

「何、チンタラ走っとんじゃ!!」(2月15日サンケイスポーツ)

 同じく眼をかけている北條史也の坂道ダッシュでも愛のムチは炸裂する。

「お、北條か」

 金本監督はおもむろに腕時計を見やった。

「タイム測るぞ!」

 必死のパッチの形相で坂道を駆けあがる北條、肩で激しく息をつく彼に金本はいった。

「俺の時計はストップウオッチがついてないんだョ」(2月19日サンスポ)

 そして、極めつけのひとこと。

「僕が一番優しいんだよ」

藤浪には20勝を期待していたが……。

 オープン戦、阪神はセリーグ1位!

 優勝、狙えるんやないか?! 思考回路がシンプルな私は、捕らぬ狸の……しかし、今年の金本監督はぐいっと兜の緒を締めた。

「昨年もトップだもん。関係ない、それは」

 いざ開幕してみると――いろんな意味で大誤算の連続、その筆頭は藤浪の乱調であった。

「20勝、200投球回数がノルマ。内角を自在にえぐる投球を身につければ達成可能」

 金本の皮算用をよそに、若きエースは4月4日のヤクルト戦、畠山和洋への死球を機に泥沼へはまりこむ。藤浪は二軍落ちした。

「今後、彼の人生を左右するといえばオーバーかもしれないけど、僕はそれぐらいの眼でみたい」

 復帰戦は夏場、金本の心当てに反し、藤浪に浮上の兆しは見えず。10月のCS第3戦でのリリーフ好投まで待たねばならなかった。藤浪や昨年の鳥谷敬しかり、金本は中軸選手に過剰な期待をかけないほうがいいのかも。

岡崎太一は「けっこう重かった」。

 一方でうれしい誤算があった。地味な存在だった俊介が大爆発したのは交流戦。5月30日、31日のロッテ戦で勝利の立役者となる。

「昨日は盆と正月が来たな。今日は誕生日とクリスマスか」

 控え捕手の岡崎太一も連日躍進してみせる。

「今日の活躍が生涯最後にならないよう頑張ってほしい」

 金本一流の表現で褒めた翌日も岡崎は殊勲。

「太一の人生、変わってきましたね」

 この日の岡崎はプロ初サヨナラ打、迎えた金本の胸に飛び込んだ。金本、歓喜雀躍する。

「抱きついてきましてね、けっこう重かった」

たまにグチやボヤキがこぼれても、力点は置かない。

 とはいえ、今年の金本監督の基調はクール。大局を見据えて冷静にチームを見つめていた。

「(上位チームは)全然関係ない。何にも気になっていない…普通に続けていけば、大崩れしない実力を持っている。後は若手の経験」

 年間を通じ、金本は冷静な表情で誠実に戦況を語っていた。たまには、グチやボヤキもこぼれるが、そこに力点を置かない。殊勲選手を褒めても、勝利に酔ったりしない。

 ニヒリズムすら漂うコメントも目立った。

「これも試合ですわ」

「(広島のマジック点灯に)もうええやん。毎回毎回、ついたじゃ、消えたじゃって」

 だが、広島との「差」をいちばん痛感していたのは金本だろう。8月3日、広島に追いつかれドロー、この時点で自力優勝はなくなった。それでも、金本は阪神の力量を的確に把握し、広島に負けなかったことを評価している。

「(普通はあそこで)一気にひっくり返されるか、延長に入ってもサヨナラ喰らうか。(敵地での)3連戦はよくやったなというのが正直な感想ですね」

コーチに頼るのではなく、ドンっと任せる。

 金本監督の変化は、コーチ陣との関係にも顕著だった。昨季は、自分で判断つかぬのでコーチに頼るというイメージだったのが、今季はドンッと任せる。

「片岡コーチが隼太っていうから。片岡、神のひと声」

「矢野コーチが高山で左対左でもいきましょうと」

 新人の大山を四番に据えたときも然り。

「片岡コーチが勇気をもって来たから、こっちも勇気をもたないと」

 香田や平野コーチの名もよく出た。

 最後は、監督の決断に委ねられるからこそ、コーチもアイディアを進言することができたはずだ。しかも、結果が出たら選手やコーチの功績、ダメなら己の責任とするところなんぞ、金本監督には大将の器が備わってきた。

 そんな風評に、彼はしれっといってのけた。

「僕は何もしてませんけど」

若手の育成と成績の難問には、言葉の渋味が増す。

 金本監督といえば、鉄人であり、不屈の闘志の男であり、歯に衣きせぬ“毒舌”でもある(解説者時代の、阪神選手に対する辛辣なコメントは、聞いているこっちの顔が引きつった)。それだけに孤高の闘将、険しさ貼りついた顔つきのイメージが強い。だが今季は、彼ならではのユーモアが随所で発揮された。

「倒れそうや。健康に悪いな、こりゃ」(巨人に辛勝)

「悩みなさい、悩みなさい。いくらでも。悩んで自分で探しなさいよ」(不振の高山俊に)

「何かあったんですかね。でも、これで終わらないでほしい」(俊介が1番起用で活躍)

「なぜか太一の打撃になると、古傷の膝が痛くなる。岡崎の打撃練習中、サングラスの裏でずっと眼をつぶってた」

 今季初勝利の青柳晃洋には、ハイタッチするとみせかけ、彼の帽子を奪い取る。

「よく2点に抑えてくれたなというね。その前にまずピッチャーゴロはとりましょう」

 大山のプロ初安打が本塁打になったときは、打球がフェンスを越えた瞬間に固まり、すぐさまベンチ中に響く雄叫びをあげた。

「あっ、映ってました? 恥ずかしいです」

 金本監督は若手を徹底的に鍛えているが、まだ発展途上だったことは否定できない。それでもガマンの姿勢を貫いた。

「使っている以上、こちらが責任を取らないと」

「すんなりいかないのが育成」

「ミスはこっちも計算のうち」

 一連の発言には、金本の覚悟のほどが垣間見える。真骨頂はこれだ。

「若手育成は子育てみたいなもの」

“叱られ役”の中谷もなかなかのツワモノ。

 金本がことさら眼をかけたのは中谷将大だった。「アイツなら3割40本を目指してほしい」

 それだけに、中谷への風当たりはかなりきつかった。獅子ならぬ猛虎は、わが子を千尋の谷へ落とす。愛情の裏返し、期待が大きいだけについ厳しくもなったのだろう。

「もう何百打席立ってきているんだから。こっちも厳しさも出していかないと。何でも許されるというのでは、彼のためにもならない」

 もっとも中谷には、クラスに必ずいる、何につけ真っ先に眼をつけられる“叱られ役”という趣があるが――。

「バントなんか状況判断もクソもない。ストライク見逃して。そういうところが彼にいちばん足りないところ」

 本塁打を放っても、金本はあくまで厳しい。

「(打ってるのは)変化球ばっかりでしょ。速い速球を仕留めないと。(本塁打を打った直後の打席で)インサイドに3つ投げられて3球で終わったでしょ」

 とはいえ、当の中谷だってツワモノ。かなりの鈍感力、いや大物の片鱗が備わっている。熱血師匠の指導や叱責に対して、愛弟子はのうのうと反応してみせた。

「『意識してんのか?』と聞いたら『意識していません』と。殴ったろうかと思ったわ」

いささかアナログだけど、良き上司なのでは。

 借金12から貯金17へ躍進、2位の戦績は立派なものだ。酷使に耐えたリリーフ陣、ベテランと中堅の奮闘なしにこの成績はありえない。CS後、指揮官は選手を労った。

「シーズン前の評判は高くなかったけど、みんなのがんばりで2位になれた。ありがとう」

 今季の金本イズムはクール、ストイック、ニヒルに集約される。ヒリリと効く、辛口のユーモアもいい。いささかアナログだけど、金本監督は若手にとって良き上司ではないか。

 とりわけ阪神が変わったと実感させられたのは、ベンチのムードだ。選手はピリピリ、オドオドせず、声が出ていたし、フェンスから身を乗り出して応援する選手が目立った。

 もっとも、一軍の将たる者には、当然ながら過酷なプレッシャーが襲いかかった。

「最近、朝方に眼が覚めてしまうんよ。そこから、もう寝られないんだよな」

 余談になろうが、掛布雅之二軍監督の退任には、金本との育成方針の食い違いがあったとされる。厳格主義の金本イズムと、選手の自主性を優先する掛布の方針――そりゃ選手にすれば、掛布の育成法の方が何かとリラックスできるとは思う……だが、阪神に巣食うもの、欠けているものを考えれば、金本イズムの浸透は必須となる。

 金本監督は来季に向け決意を固めている。

「自前のチームを作っていく、というのは僕が就任したときの目標であり、目的なんで。そこはやっぱりブレずに」

 補強に関しても己を貫く。

「FAは最小限に必要なところだけ補うというね。で、育成は最大限にっていうね」

 金本知憲が火中に飛び込み、熱いうちに鉄を打って2シーズンが過ぎた。来年は勝ち栗を拾い、銘刀を仕上げなければいけない。

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