イチローが嫌う高校野球の名物プレー

プロ野球やメジャーでヘッドスライディングを目にするケースはほぼない。甲子園の風物詩といえばその通りだが……。 © photograph by Hideki Sugiyama プロ野球やメジャーでヘッドスライディングを目にするケースはほぼない。甲子園の風物詩といえばその通りだが……。

 この夏、ヘッドスライディングへの見方が少し、変わった。

 夏の甲子園が開幕する直前、ある週刊誌の取材で2006年夏の準々決勝、智弁和歌山-帝京の取材をした。9回表、帝京が4点差を大逆転し12-8とすると、その裏、今度は智弁和歌山が13-12と大逆転し返すという劇的かつ壮絶な試合だった。

 4点を追う帝京は、9回表、先頭の代打・沼田隼が三塁ゴロに倒れた。そのシーンについて、この日ホームランを含む4打数4安打と大当たりだった帝京の「5番・レフト」の塩沢佑太は、こんな風に話した。

「沼田は、楽々アウトのタイミングだったにもかかわらず、一塁へヘッドスライディングをしたんです。だから、ベンチのみんなは切れてましたね。思い出作りみたいなことすんな、って。負けムードが漂うじゃないですか。あんなの、自己満足ですから」

ヘッドスライディングはあきらめない姿勢なのか。

 目から鱗だった。そう言えるチームは、確かに強いのではないかと思った。塩沢は、こうも語った。

「あの年のチームは、10-0で勝ってても、0-10で負けてても、同じ気持ちで戦うことができた。だから、あそこまで勝ち上がったんだと思います」

 それらの言葉を聞き、帝京の9回表の逆転劇は、少なくとも偶然ではなかったのだと思った。

 ただそんな帝京も、3ランで12-8と突き放したときは、塩沢いわく「あの夏、初めて勝ったと思ってしまった」という。そしてその裏、逆転を許した。

 塩沢の言葉が残ったまま、今年の甲子園を観戦していた。すると不思議なもので、ヘッドスライディングは最後まであきらめない姿勢のように見えて、その実、あきらめているようにも見えてきた。塩沢が「負けムードが漂う」と言ったように、状況によっては、悲壮感が漂ってしまうのだ。

イチローは「俺のいちばん嫌いなこと」と説教。

 かつて、こんなこともあった。

 '07年の北京五輪予選の台湾戦で、ソフトバンクの川崎宗則がチームを鼓舞しようと平凡なショートゴロで一塁へヘッドスライディングし、師匠と仰ぐイチローから「カッコ悪い。俺のいちばん嫌いなことをした」と説教を食らった。

 一塁ベースまでの到達時間は駆け抜けた方が速いと言われているし、足でベースを踏んだ方が審判も見やすい。さらにヘッドスライディングは、ケガのリスクも高まる。そのため、イチローは非合理的で、プロらしからぬプレーだと切って捨てたのだ。

 今大会、頻度としてはやはり最終回、負けている側のチームがヘッドスライディングを試みることが圧倒的に多かった。そして私が見た中で、セーフになったケースは一度もなかった。

 ヘッドスライディングをしたくなる気持ちは、わからないでもない。彼らも駆け抜けた方が速いということは、百も承知なのだ。しようと思ってしているのではなく、後がない状況で、何とかセーフになろうと懸命になるあまり、ベースが見えた瞬間、思わず飛び込んでしまうのだ。それだけにケガも多い。

ヘッドスライディングを我慢する、ということもある。

 もっとも目立ったのは、福島から11年連続で出場した聖光学院だった。準優勝した広陵に3回戦で敗れたのだが、9回裏に3つの内野ゴロを打ち、いずれの打者も一塁へヘッドスライディングを試みた。8回裏の最後の打者もヘッドスライディングしたので、4連続ヘッドスライディングで締めくくったことになる。

 ヘッドスライディングは、言ってみれば、聖光学院の代名詞のようなものだ。これまでだったら、聖光学院らしいなと、どこかでその姿を讃えていたような気がする。

 しかし今年は、こうも思った。あの場面、ほんの少し冷静になって一塁ベースを駆け抜けることができれば、ひょっとしたら、ひとつくらいはセーフになっていたかもしれない。そして、そこから突破口が開けたかもしれない、と。

 無論、それはあくまでも仮定であり、推測の話だ。ただ、窮地に追い込まれてもヘッドスライディングを我慢できるチームは、いわゆる高校野球的な風景とは違う眺めの中で、彼らなりに最後まであきらめずに戦っているように映った。

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