ドル安、短期的には米経済に追い風
低成長が続く米国経済は追い風を必要としているが、ドル安という形でそれを受けている。
ドルは今年1月に15年ぶり高値をつけてから下落基調をたどっている。主要通貨のバスケットに対するドルの価値を示すウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)のドル指数は年初来で約8%下落。この1カ月では2%余り下落している。特に下げが目立つのがユーロとメキシコペソに対してで、年初来の下落率はそれぞれ15%、28%に達している。
要因の1つは欧州を中心とする世界各地の一段の安定化だ。欧州は財政・政治危機に何度も陥ったが、今年は今のところ経済成長率が米国をやや上回っている。これが、景気刺激策の縮小を検討することについて欧州中央銀行(ECB)当局者らに自信を与え、ユーロ高に弾みをつけている。
またドナルド・トランプ米大統領はメキシコの輸出に対し、当選時に懸念されたほど強硬な措置は取っておらず、これがメキシコペソを押し上げている。
ドル安にはマイナス面がある。世界でのドルの購買力が低下し、海外旅行の費用がかさむほか、輸入品の価格が上昇する。急激な通貨安は金融市場を揺るがし、国内での投資を阻む恐れがある。
しかし、短期的にはドル安のメリットがそうしたリスクに勝る可能性がある。海外で米国の輸出品は割安になり、国内での生産を促進する。米国の輸出は6月に前年同月比で7%増加した。ちなみにドルが急伸していた2014〜16年は9%減少した。
こうした状況の変化は特に製造業にプラスになりそうだ。米国の6月の製造業生産は前年同月比1.4%増えた。エネルギー業界の回復が一因だが、それだけではない。耐久消費財は6月に1.3%増加した。
全米製造業者協会のチーフエコノミスト、チャド・モートレイ氏は「景気の先行き不透明感が根強い中、(ドル安が)経済全体の成長を押し上げてきた」と指摘。具体的な不透明要因として、一部の企業が人材確保に苦労していることや、税制改革法案とインフラ関連法案がなかなか成立しないこと、北朝鮮問題などの地政学的懸念を挙げ、「これらは周知のことだが、当協会の会員は楽観的な見方を変えていない」と述べた。
さらに、ドルが下落すると、多国籍企業が海外でユーロやメキシコペソ、円などの他国通貨で稼いだ利益のドル換算額が増える。加えて米連邦準備制度理事会(FRB)が国内のインフレ率は低すぎると考えている中で、消費者物価に上昇圧力がかかる。
トランプ氏は先月のWSJとのインタビューで「あまり強くないドルが好きだ。ドルが強いと、悪いことがたくさん起きる」と述べた。
米鉄道大手CSXや米飲料大手コカ・コーラは電話での決算説明会で、ドル安が有利に働いていることを明らかにした。
その形はさまざまだ。CSXの場合、輸出が増加すると鉄道の利用も増加する。コカ・コーラの場合は、海外売上高のドル換算額が増える。今のところS&P500種企業のうち455社が四半期決算を発表済みで、トムソン・ロイターがまとめたデータによると、今年1-3月期の増益率は約15%、4-6月期は約12%で、1-6月期では11年以来の高水準となった。
議会では税制改革法案やインフラ関連法案の進展が遅れているが、企業業績が拡大し始めていることもあり、株式の買いの勢いは衰えていない。これを背景に、ダウ工業株30種平均は年初来で10%余り上昇している。収益改善は広範囲に及び、主要産業で利益が減少しているのは、海外に対するエクスポージャーが比較的小さい公益セクターだけだ。
ドル安はFRBのニーズにも応えている。
FRB当局者らは、インフレ率が今年、予想に反して低下することへの不安を募らせている。FRBのインフレ目標は2%だが、この5年間、それを達成したことは一度もない。ドル安に伴う輸入品価格の上昇で物価が上がれば、こうした不安は和らぐかもしれない。輸入品価格は6月に前年同月比で1.5%上昇した。その一因はまたもやエネルギー価格の回復だが、エネルギーを除いても1%の上昇となる。
ドイツ銀行のシニアエコノミスト、マット・ルツェッティ氏は「わずかでもインフレ率が上昇すれば好感され、FRBは、それは間違いだと市場に思われずに、現在の路線を継続することができる」と指摘した。
同氏とその同僚は、ドル安によって米国のインフレ率は来年夏までに0.2ポイント上昇すると見積もっている。インフレ率がFRBの目標に少し届かないとしても、それで十分だろう。
ウェルズ・ファーゴのグローバルエコノミスト、ジェイ・ブライソン氏は「ドル相場はとても秩序立っている。ドルがベッドから転げ落ちていると見なし、不安定になると考える人は誰もいないだろう。低成長下で得られるものは何でも得る」と語った。
