ヤマト現場、改革後も変わらぬ疲弊
© 東洋経済オンライン 一朝一夕には解決が難しい(撮影:大澤 誠) 宅配便業界最大手のヤマト運輸。他社では対応できない荷物にも対応する、対応してみせる。その姿勢が顧客の信頼を勝ち取ってきた。 「会議で至急使う書類」 「結婚式で袖を通す衣装」 「翌朝に建設現場で使う工具や資材」 「誕生日やクリスマスのプレゼント 」 ヤマトは顧客の多様なニーズに対応するために、さまざまなサービスを作り上げてきた。時間帯サービス、翌朝10時までに配達するタイムサービス、関東当日便、ビジネス5(23区のみ当日5時までに配達)などだ。 一方、顧客のニーズに応えるために、それらのサービスを遂行するために、ドライバーの肩には計り知れないプレッシャーがのしかかっていた。 私は十数年ヤマトのドライバーとして勤務した経験があり、かつてのドライバー仲間との交流などにより、今も現場を見聞きしている。ヤマトの宅配現場では、ハード面のサービスだけではなく、顧客対応などソフト面でのサービスも高度なものが求められる。つねに「ヤマトこそ」「ヤマトだから」「ヤマトなのに」「ヤマトに限って」の言葉が付きまとってきた。そのプレッシャーもドライバーが疲弊する大きな要因になってきた。ある中堅ドライバーの憂鬱 「ヤマトに関するいろんなニュースが流れていたときは、お客さんから同情の声やねぎらいの声、なかには今までのことに対して謝罪してくる声もあったけど、最近は何だか普通に戻りました」 ヤマトのある営業所の中堅ドライバーは、荷物を仕分けながらこう話してくれた。 「少し前は『無理のないスケジュールでいいよ』と言うお客さんも多かったですが、またタイトな時間で再配達を依頼する方が増えましたね。いつか、『いつまでも甘えてるんじゃねぇ』って言われないかヒヤヒヤしてますよ。汗水垂らして走ってたって、そんな演技するな!なんて言われかねません」 連日報道された、宅配便に関する問題も前ほどには熱がないものになっている。世間の関心が徐々に薄らいでいる。ドライバー自身もそんな世間の風当たりを肌で感じている。 ヤマトは10月1日、27年ぶりに宅急便料金を値上げする。ドライバーの負担を減らすためだ。 だが、ドライバーの収入は、集荷と配達の個数によって決まるインセンティブによる部分も大きい。確かに荷物が減れば体力的に楽にもなるが、収入に響くのは痛い。 「稼ぎたいと思ってこの会社に入ったのに、稼げなくなると思うと考えますね。でも、俺も勝手なことばかり言ってますよね。荷物が多いと体がもたないなんて文句言って、今度は荷物が少なくなると給料減って困るとか言うんだから」 中堅ドライバーは、苦笑いをしながら職務に戻っていった。 ヤマトが連日報道されたような一連の問題でいろいろと改革をした結果、現場はどうなったか? まだ、始まったばかりではあるが、営業所によっては人も補充され、ドライバーは休憩もしっかり取れるようになり劇的に変わった店もある。 その反対に、今までよりもむしろ大変になった店もある。人は辞め、人員補充もされていない。むろん、休憩など取れる状況ではない。変わらない激務でケガをして休んでいるドライバーもいる。営業所によって差がある。 未払い残業代の件に関してもそうだ。 未払い残業代をもらって満足する者、不満に思う者。同じくらい残業しているにもかかわらず、金額に大きな開きがあったらしい。社員のモチベーションアップの目的もあったが、新たな不満の種にもなっている。まだまだ、足並みがそろっていないのが現状である。 ドライバーたちの間でも、「ヤマトはよくなった」という意見と「やっぱり何も変わらない」という声に二極化している。値上げをめぐるセンター長の憂鬱 ヤマトはドライバーの待遇改善のため、当初、今後引き受ける荷物の総量を約8000万個減らす計画を示していたが、2017年度は前年度比4000万個弱の削減にとどまる見通しだ。値上げを提示したことで他社に流れると予想していた顧客が、今後も利用しているためと7月末に発表した。 これは多くの企業や個人の顧客が「値上げしてもヤマトを使い続けたい」という方針だということだ。 複雑なのは現場だ。営業所の責任者であるセンター長は、エリア内の法人企業に対する値上げ運賃交渉のための見積書の作成に追われている。 法人相手の金額は一律ではない。宅急便を利用する数などから、営業所と各企業の交渉により決められている。どのくらいの値上げを行うか、各法人との交渉がこれから始まる。営業所の売り上げを考えればどこまで強気に踏み込めるのか、どこまで踏み込んでいいのかの指示は会社からは出ていない。 「荷物の取扱量を減らすための取引停止を前提とした値上げなのか、それとも利益を残すための値上げなのか、正直わかりません」 あるセンター長は漏らす。 会社としては当然後者だが、今のヤマトが取り組んでいる問題を見ると、一概にそうとは言えない。 今までお世話になった荷主に対して無下にはできない。かといって中途半端な交渉をしても変わらずドライバーに負担を強いるだけだ。おそらくどんな結果が出たとしても会社から文句を言われるだろうと、そのセンター長は頭を抱える。ある雑貨店主の憂鬱 「正直、どのくらいの値上げを要求してくるかヒヤヒヤしているよ。でも、信じてるよ、ヤマトさんとは付き合い長いし、そんな薄情な人じゃないよ、近藤(仮名)さんは……でもね……」 ヤマトを利用する雑貨店店主は語る。 「近藤さん」という名前が出てきたように、店主はヤマトではなくドライバーに荷物を預けているという感覚だ。 この店は、もともと他社で荷物を出していた。そこにその近藤氏が正規の運賃より安い運賃設定で営業に来た。 「ヤマトさんに配達を希望するお客さんも多いし、前からヤマトを使いたいと思っていたからね。でも、運賃が高くてね。それにうちみたいな小さい店だと送料別なんて言ったらすぐお客が離れちゃうから。そんなときに近藤さんが営業にきて、安い見積もりと人柄に惚れちゃって」 店主に話を聞いている最中、同業他社が配達の荷物片手に封筒を持ってきた。金額に関する見積もりだ。 「一応、うちでも万が一のため動いておかなきゃね」 その封筒から中身を取り出し、渋い顔で見ている。 ここ最近、ヤマトの担当ドライバーがその近藤氏から違うドライバーに変わったらしい。 ドライバーの疲弊に引き金を引いたのは何であるか。その大きな要因が、ヤマトのシェアアップ至上主義だ。 業界トップをひた走るヤマトは、毎年着実にシェアを増やし、ライバルの佐川急便に水をあけていた。そこから、少しずつ日本郵政がシェアを伸ばしてきた。かつて宅配便のあり方をめぐり激しいバトルを繰り広げた相手がまた力をつけてきたことに、焦りを感じ始めていたのだろう。 2013年に佐川急便がアマゾンから撤退。当時、既存の販路ではシェア率拡大に限界を感じていたヤマトにとっては渡りに船とばかりに、ヤマトがアマゾンの荷物を引き受けることになった。 最初の誤算はここにあった。アマゾンを請けたところでシェアの拡大にはつながらず、むしろ翌2014年度のシェアは前年比0.9ポイントダウンの45.4%と下がってしまったのだ。その間、日本郵政は、11.9%→13.6%とシェアを伸ばしている(国土交通省調べ)。 ヤマトはそこから「値下げしてでも荷物を獲得する」路線に踏み込んだ。 当時は、大切な荷物はヤマトでそうでないものは他社、というように使い分けていた荷主が多かった。ヤマトは「高いけれど安全、確実」なブランドだった。そこに「値を下げてでも荷物を増やせ」の一斉営業活動開始。「安くてもヤマトの品質ならば」と、多くの荷主が鞍替えをした。宅配便の価格破壊を招いたのは、ほかならぬヤマト自身である。 安くして扱う荷物の数が増えても、必死に今までと同じ品質を守る。負担はすべて現場にシワ寄せがくる。ドライバーは疲弊し、ケガや離職も発生し、残るメンバーがますます苦しくなる。そうして負のループに陥っていった。ヤマトは我なり 「ヤマトは我なり」という言葉が社訓の一つにある。まさしくドライバーは制服を着た瞬間に私人、一個人ではなく「ヤマト」になる。よくも悪くもこの言葉がヤマトブランドとして、ドライバーの心と体を縛る。ヤマトのドライバー一人ひとりが「宅急便を担っている誇り」を持っている。だからこそ苦しい。 「高品質の宅配」をやめてなりふり構わぬ価格競争に飛び込んだ結果、「高くてもヤマトに頼みたい」と思うロイヤルカスタマーの要望に応えきれない現状を生み出してしまった。2019年に創業100周年を迎えるヤマト。この会社が抱えている問題は、自らが招いたからこそ、また長い歴史に基づいた信頼と実績があるからこそ、一朝一夕には解決ができない困難なものだ。
