有休取らない日本の岩盤自主規制

「申し訳ございません。課長は、お休みを頂戴しています」…多くの外国人が理解しがたい日本の文化です。50%未満と国際的に極めて低い日本の年次有給休暇(年休)取得率。日本の社会には、世界が羨ましがる良いことが多くあります。ただ、この「会社がお金を払ってくれるのに休まない」という点は、一種の国民的な悪習であり、長年変わらない「岩盤自主規制」です。これに風穴を開けるためにすべきことの1つ、それは、「休みとるために謝るのをやめること」です。(Nagata Global Partners代表パートナー、パリ第9大学非常勤講師 永田公彦)

年休願い、皆で出せば怖くない

 以下は、前回のコラムで示した、筆者と日本の中堅企業に勤めて8年になるA氏との対話の続きです。

A氏:前回は、年休のことで、いろいろな気づきを与えていただき有難うございました。

筆者:いえいえ、ところで前回、自分も含め休みたくても休めない人が多く、理由として仕事が多すぎることを挙げていましたね。となると、社員がまともに年休を取れないくらい、会社が仕事を課していることになります。

A氏:はい、効率的に仕事はしている方だと思うので、単に仕事量が多いと実感しています。

筆者:そうすると、会社(使用者)は、社員(労働者)全員が年休を100%取らないことを前提に経営していることになります。これが事実であれば、残業ゼロ、年休100%取得を前提に経営せざるを得ず、様々な工夫をし、捨てるところは捨て、収益の確保に努める、それで無理なら潰れる運命にある欧州の会社とは、大きく異なることになります。

A氏:なるほど…厳しい経営環境ですね。逆に言うと、日本の会社は、社員の残業と年休未消化に依存した経営をしているとも言えますね。なので日本は、経済先進国だけど労働後進国と言われるのですね。

筆者:何をもって労働の先進国・後進国と言うかは別の議論になりますが、依存経営という点は確かです。ところで先日、自分だけ休む勇気が出ない理由として、課長に良く思われない、周りの人に迷惑をかけるという2点を挙げてましたね。

 であれば、全員がフルに有給を使うようにすればいいのでは?もちろん、部課長も含めて年休の権利を持つ労働者全員です。手続き的には皆さんが、話し合いで時期をずらすとしても、全ての年休の取得依頼をきちんと出す。会社は、これを拒むことができないので、全員が100%年休を取れるようになります。

A氏:なるほど、「年休願い、皆で出せば怖くない」ですね。

休みたくない人たちがいるのは良いこと?

 前述のような提案を日本ですると、「それやると、うちの会社は傾くかも」と言う人がいるかもしれません。また、「休んでも楽しみがないので会社に行きたい人、業績が悪く上司や周りの目が怖い人、業績の先き行きが見えないのに休みなんてとんでもないと思う人、単に休日返上してまで働くことは良いことと考える人、年休を取るか否かは各自の自由と主張する人などがいて、皆の足並みが揃わない」との声もよく聞きます。

 確かに、日本の組織には、こういう様々な考えをお持ちの方がいると思います。ただ、ここで考えるべき点が2つあります。

 1つは、こうした人たちが社内にいるがために、全員年休100%取得会社になれないとすると、これは果たして会社にとって、多くの社員にとって、そして社会全体のためにとって良いことなのか?ということです。

 2つ目は、社員が自ら権利を棄ててまで、会社のため(会社から与えられた仕事のため)に働くことが、本当に自分や家族、そして、社会全体のために良いことなのか?ということです。

 様々なご意見があろうかと思いますし、是非とも議論を交わしたいところですが、まず私の考えを述べます。1については、本コラムのタイトルで、既にこれを前提としているとおり、良くないと考えます。

 そこで2ですが、これも良くないと考えます。理由は、2つです。1つは、年休は、労働者が心身のリフレッシュや自己啓発などを図れるようにと法律で定められているものだからです。もう1つには、自分を大切にせず、休日を返上してまで会社に尽くし、心身ともに疲れ、ひいては病気を患う、また、話題が会社と仕事のこと以外ない寂しい人になってしまっては、自分たちはもとより、家族や社会全体に良いわけがないからです。

雇用契約に対する意識を高め、自分の身は自分で守ろう

 フランス100%、日本50%という年休取得率の大差の決定的な理由に、雇用契約に対する意識の違いがあると筆者は考えています。自分(労働者=使用者に雇われ、与えられた仕事をし、その対価として給料もらう人)と会社(使用者=労働者を雇い、業務を与え、その労働に対し給料を払う人)が、法的にどのような関係になっているかということです。

 相対的に、フランス人をはじめ欧米人はこの意識が高く、それを示すことの1つに、労働契約書による合意プロセスがあります。多くの採用ケースで、候補者は、事前に採用予定企業から示された条件が、労働法又はそれに準じた業界協定の内容に則しているか、休暇も含め双方の義務と権利がどのようになっているか等を確認し、必要に応じ交渉を経て、双方が納得合意したうえで雇用契約書にサインするのが通例です。

 一方、日本では前述のA氏のように、自分は会社に対し、どのような権利と義務があるのか、そもそも自分は、会社とどういう雇用契約関係になっているのか、それはどういう形で法的根拠を成しているのか(契約書、就業規則…)などについて、関心が薄い、またはそもそも知らない人が多いように思います。

 日本では雇用契約書に双方が捺印して取り交わす文化がない(採用者に就業規則や雇用条件通知書を手渡しし済ませる)ということもあり、こうなるのだと思います。年休について、双方の権利や義務がどうなっているのかを知らない、または軽視する人が職場に多いと、長時間労働や年休未消化の常態化と集団化につながります。

 一方、会社は、それを見て見ぬ振りという状況に陥るリスクもあります。後で後悔しないためにも、日本の皆さんは、きちんと雇用契約に関心を持ち、自分の身は自分で守るようにすることをお勧めします。

使用者(会社側の人)ではなく労働者に徹しよう

 皆さんは、労働者ですか?使用者ですか?もし皆さんが、サラリーマンであるならば、新入社員であれ役職者であれ労働者です。逆に、法人の代表者や個人事業主であれば、使用者です。

 これを前提にすると、会社で働く人のほぼ全員が労働者となります。欧米における労使の法的概念や数値的バランスは、まさにこれです。ところが日本の会社では、これが下手をすると逆転します。自分が使用者(会社側の人)と、知らぬ間に意識してしまっている人が多いのではないでしょうか。

 入社後すぐに組織の一員として「社員=会社のために頑張る人」という価値観が宿るからでしょうか。例えば、入社後まもない若手社員でも、「うちの会社を良くしようぜ、他社に絶対勝とうぜ、わが社は正念場だから頑張るしかないよ…」と、会社側の人間のような発言をする人がいたりします。

 筆者は労働法の専門家ではないので詳しいことはわかりませんが、この世界でも珍しい日本の労働者と使用者の兼任文化は、労働基準法によっても支えられているようです。

 使用者という言葉の解釈が、事業主または事業の経営担当者だけでなく、「その他その事業の労働者に関する事項(人事、給与、厚生、労務管理など労働条件の決定や業務命令の発出、具体的な指導監督)について、事業主のために行為をする全ての者」となっています。とても曖昧ですね。係長や新入社員の指導を任された2年目社員まで使用者か?と、拡大解釈できそうな条項です。

 これは使用者にとって都合のいいものでしょうが、逆に中間管理職の皆さんは、上(使用者)と下(労働者)の板挟みとなり、自分のスタンスも定まらず、さぞかし辛いのではないかと察します。

 筆者は日本の年休取得率が低い原因に、雇用契約への低い意識があり、これに大きな影響を与えているのが、この労働者と使用者の兼任文化だと考えています。労働基準法の改正も含め、事業主や経営担当者を除く、管理職を含めた全ての社員が、意識面も労働条件面(休みかた含め)でも、労働者に徹するような環境づくりが必要です。

9割の労働者がフルに年休を取れば、謝る必要はなくなる

 筆者は、日本でも、年休取得率100%の達成は可能だと信じています。そのためには、社員全員が労働者の意識を持ち、雇用契約意識を高めていくことです。これが年休取得に対する権利意識の高まりにつながり、年休取得願いをきちんと出すようになる。仮に会社が拒否すれば、社員は会社の違法行為をきちんと労働監督機関に伝えるようになる。こうした行動をとることで、会社のブラック化を防ぐとともに、年休取得率100%の会社へと導く。

 社員は、休みをフルに活用した旅行、趣味、家族との対話、学びなどを通じ、年休制度の本来の意義である心身のリフレッシュや自己啓発を十分に行うことができます。一方、会社は、全労働者の100%年休取得を前提にした経営を強いられます。その結果、業務・収益構造・体制面での改善やイノベーションへの取り組みを強化することで生産性を高めます。

 これに加え、日本の全就業者の9割を占める6400万人のサラリーマンが、少なくとも1億9385万日分の年休を新たに生み出します(週35時間以上就業する雇用者数3877万人×最低法廷日数10日の5割で試算)。これにより、小売り、余暇・レジャー産業、観光産業、教育産業、インフラ整備業界などを中心に、一定の経済効果も見込めます。そして何よりも、日本の就業者10人のうち9人が、フルに休むことで、年休の大衆化と平等化が実現します。

 ちなみに、この大衆化と平等化が確立したフランスでは、労働者はお客様からの電話に「課長は休暇中、○○日から出社」と事実を伝えることはあっても、決して謝りません。課長は使用者ではなく、労働者だからです。また、お客様であろうが誰であろうが、休むこと(権利の行使)を当然のことと受け入れるからです。この年休とバカンスの大衆化により、休むことは良いこと、休んで当たり前、だから職場のメンバーやお客様に謝る必要がないという、社会と職場の風土が根付くのです。

>>次回『日本は有休取得の義務化より「バカンス大国」を目指せ』は8月16日(水)更新予定です。

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