日本サッカーの常識を壊すいわきFC

明らかに数年前とは一回り体の大きさが違ういわきFCの選手たち。フィジカル重視のスタイルは日本でも成功するのか。 © photograph by Kyodo News 明らかに数年前とは一回り体の大きさが違ういわきFCの選手たち。フィジカル重視のスタイルは日本でも成功するのか。

 ぶっ壊そうとしているのは、この国のサッカー界の不思議な固定観念。

「日本人はフィジカルが弱い」という刷り込みであり、「筋肉をつけると動きが重くなる」という思い込みだ。

 6月21日の天皇杯2回戦で、J1の北海道コンサドーレ札幌を下した「いわきFC」のパフォーマンスコーチ(ドームアスリートハウス※所属)、鈴木拓哉に驚きはなかった。

「観ていただいたまんまです。ウチの選手たちは倒れなかったし、走り負けてもいませんでした」

 試合は90分を過ぎてからのほんの数十秒で、双方がそれぞれ2ゴール目を奪う劇的な展開となり、延長戦に突入。足が止まった札幌から、いわきFCが3つのゴールを奪い、5-2で決着がつく。J1のクラブから、J2でもJ3でもない、JFLでも東北1部でも2部でもない、実質7部(福島県1部リーグ)のいわきFCが収めた勝利は大番狂わせだと話題になった。

 しかし、「まさかのジャイアントキリングだった」の一言で片付けてはいけない。日本サッカー界の諸君、このままで良いのかと、いわきFCは突き付けている。正面切ってのぶつかり合いを迂回するスタイルに、いつまで逃げているのかと。日本の常識は、世界の非常識ではないのかと。

筋トレの結果を争っているのは、アメフト選手たち。

 驚くべきは次の証言だ。日本サッカー界の中では相当逞しく映るいわきFCの選手たちも、アメリカンフットボールの世界に混ぜれば、“もやしっ子”同然になってしまうと言う。本場アメリカではなく、ここ日本のアメフト界に混ぜてもだ。パフォーマンスコーチの鈴木が教えてくれた。

「例えば法政大学アメフト部の1年生にも、測定した数値ではまるでかないません」

 1年生にも?

「はい。アメフト部の1年生のほうが、いわきFCの選手よりも明らかに強いです」

 まかり間違えば「井の中の蛙、大海を知らず」となりかねない。J1のクラブを圧倒した程度では、喜んではいられない。

 いわきFCのストレングストレーニングは、基本的に火水木の週3回。

「火曜日と水曜日は3時間弱の練習時間のうち、2時間はもらっています。木曜日は2時間半のうちの1時間半くらいです」

 そこまでフィジカル強化に力を入れている日本のサッカークラブは?

「おそらく、ないです」

日本初の商業施設つきクラブハウスが凄い。

 6月上旬には、日本初の商業施設併設型クラブハウス「いわきFCパーク」が完成。余談となるが、各フロアの天井が高い3階建てで、横に大きくモダンなその建物に入ると、レストランやカフェで飲食が楽しめ、英会話教室で学べ、輸入車まで購入できる。

「いわき市を東北一の都市にする」を合言葉に、スポーツを通じた地方創生というイノベーションを目論むクラブの本気度が、この新規施設の威容からも窺える。

 いわきFCが推進するフィジカルの強化は、充実のトレーニングジムを完備したこのクラブハウスの完成で、いよいよ加速していくはずだ。公営の練習場を転々としていたクラブ創設1年目の2016年は、主にダンベルを使用した屋外でのトレーニングを継続したが、可能なメニューは限られた。選手たちの意識改革にも多くのエネルギーを費やさなければならなかった。

 なぜ、ここまでストレングストレーニングに手間暇を掛けるのか――。全国各地から集まってきた選手たちが例外なく首を傾げるほど、日本では前例のない取り組みなのだ。

「ようやく前進し始めた感じです。意識改革が進み、素晴らしい環境でストレングストレーニングもできるようになりましたから」

デカくて強い選手が走れるだけで、スタンドは沸く。

 反省もある。「日本のサッカー選手のフィジカルスタンダードを変える」というスローガンを打ち出しながら、1年目は十分な検証を欠いていたからだ。そこで2年目は科学的なエビデンスを踏まえた遺伝子検査を実験的に取り入れると、たちまち歴然とした効果があらわれた。

 今でもチームを、高負荷の筋トレに耐えられる遺伝子を持つグループ、持たないグループ、中間グループの3つに分け、それぞれストレングストレーニングの負荷や回数を変えている。遺伝子という動かしがたい根拠があるので、「選手たちも、腹に落とし込んでやってくれています」。

 そこまでして、いわきFCがフィジカルを鍛え上げるのは、なぜなのか。鈴木コーチは、意外な話をしてくれた。

「デカくて強いサッカー選手がめちゃくちゃ速く走れる。それだけでスタンドが沸くと思いませんか?」

筋肉をつけると遅くなるという俗説はどこから?

 つまり、こういう話だ。プロスポーツはエンターテインメントであり、観衆を魅了してこそ価値がある。常に攻撃的に仕掛け、最後まで勝負を諦めない姿を見せて、地域の人々に希望や勇気を与える存在となり、スポーツを通じていわき市を活気溢れる都市にする。90分間、戦い抜き、走り抜く。

 そのためにフィジカルを鍛え抜く。鈴木の仕事も結局は、いわきFCというクラブの理念と結び付いているのだ。

 付け加えれば、“独り勝ち”するためのフィジカル強化などではない。各地域内で経済が循環するローカルなスポーツビジネスには、様々な地域が同時に発展できるという特長がある。共存共栄が可能であり、だからこそ目を覚ませと訴えているのだ。

 そもそも、筋肉をつけると動きが重くなるという俗説は、どこから出てきたものなのか?

「昔のボディビルの印象が強いのでしょう。ベンチプレスで胸を大きくして、はい終わり。見た目には格好いいクルマだけど、効率よく速く走れるか? と言うと少し違う、そんなイメージです。どっちが良い悪いではなくて、ボディビルとサッカーのトレーニングはそれぞれ目的が違うということです」

ロナウドの出現で筋トレのイメージが変わった?

 いわきFCでの鈴木拓哉の指導は、ただ単に選手の骨格筋量を増やし、走力を高め、出力をアップさせて、はい終わりでない。紙幅の都合により詳細は割愛するが、実際のサッカーの動きにリンクしやすくなるような、様々な工夫も凝らしている。

「クリスティアーノ・ロナウドのようなサッカー選手が出てきてくれて、仕事がやりやすくなりました(笑)。この人たち何なの? この身体でサッカー選手なの? そんな疑問を抱かせる身体をしてますからね。実際に蓋を開けてみると、かなりの筋トレをやっているわけです」

 日本人アスリートでは誰がモデルに? 鈴木に具体的なイメージはあるのだろうか。

「ラグビー日本代表の山田章仁選手は、間近で見るとかなり太い。え、これで足が速いの? と驚くくらいに。アメフトの栗原嵩(たかし)選手も、上背は180センチほどでさほどないのに、デカいです。足もめちゃくちゃ速い」

80点くらいはスキルで取れる、あと20点は身体。

 筋肉をつけると動きが重くなるという俗説は、迷信にすぎない。そう断言していいだろう。いまだに迷信がまかり通っているのは、昔のボディビルとの混同もあり、パフォーマンスとストレングストレーニングがリンクするという考えが行き渡っていないからなのか? 念のため鈴木に確かめると、彼自身が筋骨隆々のパフォーマンスコーチは、責任の一端を感じているのだろう。申し訳なさそうに頷いた。「そこはまだ発展途上の部分ですね」と。

 鈴木には確信がある。ラグビー日本代表が南アフリカを撃破した、いわゆるブライトンの奇跡。巨大なうねりのようなあの感動を、サッカー日本代表も生み出せるはずだと。

「100点満点の80点くらいはスキル中心でも取れるでしょう。残り20点を埋めるには、どれだけ走れるか、どれだけぶつかれるか、どれだけ倒れないか。そこで差が出ると思います。ぎりぎりのせめぎ合いで、あと一歩が出せれば、ぶつかり合っても倒れなければ」

日本人の良いところは、過酷なトレーニングへの耐性。

 現場をよく知るパフォーマンスコーチならではの楽観もある。

「日本人の良いところは、どれだけ過酷なトレーニングでも頑張れるところなんですよ」

 ブライトンの奇跡を起こしたエディー・ジャパンが、まさしくそうだったと伝え聞く。

 そんな未来のためにも、不可欠なのが指導者たちの意識改革だ。鈴木の話を聞いていると、不思議でたまらなくなってくる。なぜ、もっと鍛えないのだろうか? 技術や戦術にフィジカルを上積みすれば、鬼に金棒ではないか。あるいは、フィジカルを鍛えずにピッチに立つのは、徒手空拳で戦地に赴くようなものではないのかと。

 いわきFCが飛び抜けた存在になっていけばと、そんな想像もしてみたくなる。“日本国内のアフリカ”のような突き抜け方をすれば、問題提起の鋭さも増すだろう。

 具体的なイメージは、'14年ワールドカップで日本代表を叩きのめしたコートジボワールのディディエ・ドログバだ。いわきFCがドログバのようにそびえ立ち、圧倒して、捻じ伏せる。清水エスパルスというJ1クラブの胸を改めて借りる7月12日の天皇杯3回戦で、その片鱗を見せれば、不思議に思う人が増えるかもしれない。なぜ、もっと鍛えないのだろうかと。

※ドームアスリートハウスとは……「最新の専門的かつ科学的な情報を提供し、トレーニングの方向性を持たせ、システマチックに行うことでアスリートのパフォーマンスを高めることのできる日本唯一のアスリート専用のパフォーマンス開発機関」(公式ホームページより)。いわきFCと同様に、アンダーアーマーの日本総代理店である株式会社ドームの傘下にある。

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