ロシア革命100年 意義問う議論盛んに

プーチン政権、再評価通じ、国民の結束図る

 【モスクワ杉尾直哉】1917年に社会主義政権を樹立し、20世紀の世界を揺るがしたロシア革命(十月革命)から11月7日で100年を迎える。これを機に、革命の意義を問う議論がロシアで盛んになっている。91年のソ連崩壊前後には、共産主義革命に対する否定的な見方が広がったが、四半世紀後の今、「超大国」ソ連への再評価の動きが出ている。一方で、革命下で弾圧を受けたロシア正教会などからは「ソ連再評価」への反発もあり、プーチン政権は難しい議論のかじ取りを強いられている。

 政権派論客の間では、「革命は違法なクーデター」(著名な映画監督、ニキータ・ミハルコフ氏)との全面否定論もある。ウクライナなどで近年続いた「欧米政府支援による政変」(通称「カラー革命」)を念頭に置いているためだが、ソ連自体については「米国と覇権を争った超大国」として評価する向きもある。連邦崩壊後の混乱から脱却し、大国復活を実現したプーチン大統領への支持が、最近のソ連再評価と重なってもいる。

 「(ソ連時代の)さまざまな勝利、さまざまな悲劇を含め、あるがままの歴史を受け入れるべき」というのがプーチン氏の歴史観だ。革命前の帝政ロシア、そして、革命後のソ連を継承した「大国」が今のロシアという見方だ。

「ロシア革命100年」をテーマに開かれた内外の歴史家の会合に参加したナルイシキン露対外情報庁長官(写真中央)。左はロシア史研究所のペトロフ所長=10月9日、モスクワで杉尾直哉撮影 © 毎日新聞 「ロシア革命100年」をテーマに開かれた内外の歴史家の会合に参加したナルイシキン露対外情報庁長官(写真中央)。左はロシア史研究所のペトロフ所長=10月9日、モスクワで杉尾直哉撮影

 政府は今年1月から革命100年記念行事の組織委員会を設置し、展覧会や討論会、研究会などさまざまな行事を開いてきた。議論を主導するのは、プーチン氏の側近の一人、ナルイシキン露対外情報庁(SVR)長官だ。「ロシア歴史協会」代表として今年、内外の歴史家の会合などに積極的に参加し、「革命は国家の安定をもたらした。ソ連を白黒で判断せず、冷静かつ客観的に評価すべきだ」などと語ってきた。

 10月9日、23カ国から150人の歴史家を集めてモスクワで開かれた研究会もそうした催しの一つ。ロシア人参加者からは「自分の国(の過去)を愛せない国民に次ぎの世代はない」などの声が聞かれた。日本から出席した和田春樹・東大名誉教授は「過去からの連続の上に今がある。露政府はその考え方を歴史家に語らせようとしている」と話した。

 モスクワの連邦公文書館では、革命を率いたソ連最初の指導者、レーニンの展覧会が開催中だ。学校の成績表や、直筆の手紙などのほか、正教会の聖職者の処刑を命じる文書などを展示している。企画担当者は「組織力に優れ、世界的な指導者であった点は否定できない人物だが、賞賛ではなく、多面的な側面を展示したかった」という。

 だが、革命で徹底的に弾圧されたロシア正教会などは政府主導の「ソ連再評価」に反発している。

 ロシア正教の信者集団「皇帝の十字架」のポロジニャコフ代表は、「なぜ殺人者のレーニンを評価し、遺体を赤の広場に安置し続けるのか。罪を心から悔いて、謝罪しない限り、『和解』はあり得ない」と語る。

 正教会はプーチン氏の支持基盤でもあり、政権は難しい立場だ。

 「ソ連時代の政治弾圧は、いかなる正当化もできない犯罪だ」--。10月30日、ソ連の独裁者スターリンによる「大粛清」の犠牲者を追悼するため、モスクワに設置された巨大な碑「嘆きの壁」の除幕式。冷たい雨の中、ロシア正教会トップのキリル総主教と共に参加したプーチン氏は演説でそう断言した。粛清は37~38年にピークを迎え、70万人が銃殺されたとされる。大統領が、教会トップと出席したのは、ソ連時代の宗教弾圧を断罪する姿勢を示すためだ。

 プーチン氏は、これに先立ち、人権活動家らを集めた会合で、「『嘆きの壁』の除幕は、革命から100年の今年、特に意義がある。国と国民を分裂させてきた悲劇に終止符を打ち、分裂の再発を許さないためだ」と語った。

 「分裂防止」は、プーチン氏が昨年12月の大統領年次教書演説で語った言葉だ。革命100年を迎えるに当たって「歴史から教訓を引き出す意義」として「国民の和解」や「社会の強化」と共に挙げ、国民に結束の重要性を訴えている。

 ロシア史研究所のペトロフ所長によると、「悔い改め」は、革命を逃れてパリなどに亡命した旧皇帝派など白系ロシア人の子孫も訴えている。ロシア革命後、21年まで革命政権軍(赤軍)と、抵抗した白衛軍との間で内戦が続き、200万人が国外に亡命した。ペトロフ氏は「赤、白双方のわだかまりは今でも残り、和解は実現していない」という。

 一方、革命を「外国政府の支援による国家転覆」としてとらえる見方も出ている。シンクタンク「新国家研究所」のマルティノフ代表は、レーニンらがドイツなどから資金を受けて革命運動を進めた点を指摘。「1980年代や90年代にも他人の手(欧米政府の支援で)ロシアを内部から崩壊しようとする動きがあった。こうした介入阻止のためにロシア革命から学ばねばならない」と語った。

 「十月革命記念日」の11月7日は、ソ連時代にはモスクワ・赤の広場で軍事パレードが開かれ、ソ連国民最大の祝日だった。ソ連崩壊後は平日となっており、政府主催の革命記念行事は行われていない。プーチン政権は替わりに2005年に新しい祝日「民族統一の日」を11月4日に設定し、首都中心部で市民の行進などが開かれている。17世紀初めにポーランドなどの外国軍支配から解放されたことを祝う日だ。ロシア共産党だけは今年も11月7日に祝賀行事を予定している。

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