サウジファンド、水面下では混乱
【リヤド】サウジアラビアの「公共投資基金(PIF)」は、政府系ファンド(SWF)として世界最大の座が視野に入りつつあるが、さまざまな問題も抱えている。米配車サービス大手ウーバー・テクノロジーズなどへの投資に苦戦しているほか、会計処理の不備で正確な資産総額を算出できずにいる。
PIFは今週、リヤドで「砂漠のダボス」とも呼ばれる投資家会議を開催している。ブラックロック、ブラックストーン、ゴールドマン・サックス・グループ、JPモルガン・チェースといった資産運用・金融業界のトップが多数詰めかけている。PIFは投資戦略のほか、サウジの石油依存脱却に向けた改革でPIFが果たしている中心的な役割について詳しく説明しているもようだ。
PIFはすでに大型投資に着手し、IT(情報技術)分野だけでも約500億ドル(約5兆6700億円)を投じた。現在は、成長余地がはるかに大きい新規投資に備える。その原資は国営石油会社サウジアラムコが予定する新規株式公開(IPO)を通じて調達する見込み。
だが、水面下では混乱も生じている。
PIFは昨年、ウーバーに35億ドル出資した。ところが、同社のトラビス・カラニック最高経営責任者(CEO)が不祥事で辞任し、ウーバーの先行きに暗雲が垂れ込めた。しかもこの出資がウーバーの安値攻勢を助長し、PIFの投資案件の中でも成功事例と言えるサウジのハイヤー配車サービス会社「カリーム」がシェアを奪われる結果となった。
最近では、PIFの最大のパートナーであるソフトバンクグループがウーバーの新株を割安な価格で購入する案を提示。しかし、PIFトップのヤシル・アルルマヤン氏は、PIFが過去に取得したウーバー株に評価損が出るのを懸念し、この案に反対した。
PIFの広報担当は、PIFの投資に関する個別の質問について答えなかった。
PIFは40年もの間、出資先を国内権益(銀行や赤字の養魚場など)に限定していたが、ここにきて新興企業への投資に大きくかじを切った。
そのきっかけとなったのは、サウジのサルマン国王が2015年に、当時30歳だったムハンマド・ビン・サルマン皇太子(当時は副皇太子)を脱石油改革の責任者に据えたことだった。皇太子は、サウジアラムコの株式を売却し、その売却資金を非石油部門へ投じる戦略を主導した。
こうした手法は異例だ。政府系ファンドの場合、より保守的な株式や債券への投資を通じて専門知識を積み上げ、それからリスクの高い新興企業投資に参入するケースが多い。新興企業投資ではトップクラスのベンチャー投資家でも成功例より失敗例が多いのが実態だ。
石油国家からハイテク経済に移行するというサウジの壮大な方針転換も前例がない。これは、サウジの資産運用担当者は世界最大の生産能力を誇る油田よりも高いリターンを上げられる、と見込んでいるのに等しい。外交問題評議会のブラッド・セッツァー氏は、タイミングを誤れば多大な損失が出ると警鐘を鳴らしている。
ムハンマド皇太子は、経験豊富な国際投資家を起用することも、PIFの運用資産総額を算出することもしないまま、2015年の発表後間もなく投資を開始した。PIFへの監査に詳しい関係者によると、会計処理に不備があったため、サウジ当局と海外コンサルタントによるPIFの資産総額の算出は難航した。
PIFの運用資産規模について、幹部の1人は今年、「2000億ドル超~3000億ドル未満」と試算した。PIFの監督担当閣僚は「1800億ドル~2000億ドル」とした。PIFに詳しい関係者は、PIFが最近「かなり明確な」資産規模を割り出したと述べたが、詳細は明らかにしなかった。
大手会計事務所のアーンスト・アンド・ヤング(E&Y)が行ったPIFへの監査に詳しい関係者によると、保有資産の一部は欧米のガバナンス(企業統治)基準を満たしていなかった。この関係者は「E&Yが財務諸表を監査したのは確かだが、そこに記された数字が正確とは限らない」と話した。
ウーバーへの出資、サウジIT企業の足をすくう
PIFの関係者らは、会計処理に不備が生じたのはPIFの成長が急ピッチだったためと説明している。ただ、PIFの意思決定において、プロの投資家ではなくムハンマド皇太子が中心的な役割を果たしていることに原因があると指摘する声もある。
サウジ王室の報道官は、PIFに関する質問や、PIF内でのムハンマド皇太子の役割についての質問に回答しなかった。
PIFは15年、国営企業「サウジ・ナショナル・オートモービル・マニュファクチャリング(SNAM)」の自動車工場建設(総工費10億ドル)に出資すると表明したが、工場はいまだ建てられておらず、生産も始まっていない。
16年には、PIFはアラブ首長国連邦(UAE)のドバイに本社を置くネット通販新興企業「ヌーン・ドット・コム」への5億ドル出資を表明した。同社は今年1月までに商品数を2000万点に増やすと約束していた。
事情に詳しい関係者によると、ヌーンは今年5月までにCEOをはじめ従業員の大半を解雇した。その時点でもサービスは開始していなかった。同社は最近になって商品の出荷を始めたが、その遅れが響き、同業の米アマゾン・ドット・コムに湾岸市場でのシェア拡大を許した。ヌーンの担当者はコメント要請に応じなかった。
ムハンマド皇太子は昨年、当時ウーバーのCEOだったカラニック氏(皇太子はその後、同氏を「友人」と呼んだ)とも会談した。そしてこれがPIFのもう1つの大型案件につながった。
事情に詳しい関係者によると、協議は当初、PIFがウーバーに15億ドル出資する方向で進んでいた。だが、経営権と情報提供を求める皇太子が取締役のポストを要求したため、ウーバーはPIFから35億ドルの出資を受けるのと引き替えに、PIFトップのアルルマヤン氏を取締役に迎え入れたという。
カラニック氏はその後、法令順守の軽視やセクハラ容認といった同社の企業文化を巡って批判にさらされた。事情に詳しい関係者によると、アルルマヤン氏はカラニック氏を留任させようとしたが、最終的に辞任を求める投資家の圧力に屈した。
PIFのウーバーへの出資は、サウジのIT企業として最も成功したカリームの足をすくうことにもなった。13年創業のカリームに対しては、サウジ通信大手サウジ・テレコムのベンチャーキャピタル部門が早い段階から出資。その価値は50倍を超える評価益を生み出すまでに成長した。PIFはサウジ・テレコムの株式の過半数を保有している。
カリームは14年まで競合がほとんどいなかったが、その年にウーバーがリヤドでサービスを開始した。事情に詳しい関係者によると、カリームは、赤字覚悟でシェア拡大を狙うウーバーの安値攻勢にさらされた。ウーバーはさらに、サウジの王女を顧問として採用したと発表。同社はその後、PIFから35億ドルの出資を受けた。カリームの幹部らは、ウーバー支持に傾いたPIFに裏切られたという感情を引きずっている。
ムハンマド皇太子は昨年、IT関連のベンチャー企業に投資する「ソフトバンク・ビジョン・ファンド」に450億ドルを出資すると発表した。ソフトバンクグループの孫正義会長兼CEOは最近のテレビインタビューで、皇太子を45分で説き伏せて450億ドルを出資させたと明らかにした。事情に詳しい関係者は、この出資案件は最終合意に至るまでに6カ月ほどかかり、非常に困難な作業だったと振り返った。
孫氏が取りまとめようとしているウーバー株取得案は、PIFがウーバー株を取得した時よりも安い価格でウーバーの新株を発行し、それをソフトバンクが購入するというものだ。
アルルマヤン氏は、ウーバーの取締役会内で受け身であることが多く、資本配分を決める役員というより「政治的なお飾り」にすぎなかったと事情に詳しい関係者は明らかにした。それでも、アルルマヤン氏は協議の中で、PIFの評価損計上を避けるため、割安な価格での新株発行に反対していたという。
ウーバーの広報担当は、資金調達に関する協議でのアルルマヤン氏の役割についてコメントを控えた。
