阿部慎之助の為に長嶋氏が捨てたもの
【柏英樹の勝負球】
ミスターは「阿部を育てるため」に監督退任を1年遅らせた。
通算2000本安打を達成した巨人・阿部慎之助内野手(38)は26日の阪神戦(東京ドーム)の試合前、長嶋茂雄終身名誉監督(81)から名球会のブレザーを授与された。この2人には阿部のプロ入り当初から熱い師弟関係がある。
「大学出で、しかも捕手というハードなポジションでの2000本安打達成は素晴らしい。それもまだ余力を残してのものでしょ」
阿部がプロ17年目、38歳で達成したのに対し、長嶋さん自身は同じく大学出で14年目、35歳のときに2000安打を突破しているのだが、そんなことには全く無頓着で、ただ阿部を絶賛した。
2000安打の表彰式に備え、グラウンドに向かう通路に長嶋さんが現れると、ロッカーから阿部が駆けつけてきた。長嶋さんは阿部を抱きかかえるようにして「おめでとう、よく頑張ったね」と満面の笑みでうなずきながら言った。阿部もうれしそうに何度も頭を下げていた。その光景は元監督と選手というより、孫をいとおしむ祖父のような雰囲気だった。
阿部の入団時から深い因縁がある。2000年の日本シリーズは、長嶋監督率いる巨人と、王貞治監督(現球団会長)のダイエー(現ソフトバンク)が激突。“ミレニアムON対決”として注目され、長嶋巨人が日本一の座に就いた。
実はこのときミスターの周辺では「勇退するなら今が最高の花道だ」と進言する人が多かった。
「わかってますよ」とミスターは言い、「でも…」と続けた。
「日本一の後に辞めれば確かにいい花道かもしれないが、次にやる監督が大変だ。勝って当たり前、負ければ何かと前任者と比較される損な役回りになってしまう。来年も確実に日本一になれる戦力ならいいが、松井を中心にとした打線は強力とはいえ、バッテリーに陰りが見える。来年(2001年)はドラフトの希望枠でキャッチャーの阿部慎之助(中大)を獲りバッテリーを強化する。次の指導者に譲るのはその後だ」
アマ日本代表に名を連ねていた阿部の打撃力、捕手としての能力にほれ込み、阿部が将来の巨人の正捕手になると確信していたのだ。阿部を獲って育てる。その気持ちが勇退の花道を捨て、監督続投のイバラの道を選ばせたのだった。
長嶋監督は翌01年、このルーキーを使い続けて育てる方針を貫き、それで負けても「経験、経験」と気に留めなかった。このシーズン、巨人はわずか3ゲーム差でヤクルトに優勝をさらわれ2位。ミスターは決断した。「2位なら次の監督もプレッシャーなくやれる。阿部も一人前になったし、今が辞めどきだ」と勇退を発表。ヘッドコーチを務めていた原辰徳に監督の座を禅譲したのだった。
翌年、阿部は1年目にも増して打ちまくり、原巨人日本一の原動力になった。名球会のブレザーに袖を通した阿部はしみじみと言った。
「ブレザーの重みを感じましたが、こんな経験ができる選手になれたのもすべて、長嶋さんのおかげです」
■柏英樹(かしわ・ひでき) 1942年東京都生まれ。青学大時代はラグビー部主将。64年に報知新聞社に入社し、巨人担当などを務めた。ONとは41年間親交がある。99年1月からフリー。著書多数。
