トランプ氏の貿易戦争、今もある危機
――筆者のジェームズ・マッキントッシュはWSJ市場担当シニアコラムニスト
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国際貿易が窮地に立たされているが、投資家にそれを気にしている様子は見られない。昨年11月の米大統領選で熱烈な愛国主義者のドナルド・トランプ氏が当選すると同時に、国際貿易に復調の兆しが見えたというのは、何とも皮肉な話だ。
あと数日もすれば、安全保障上の理由から鉄鋼関税を課し、貿易を危険にさらすつもりがトランプ政権にあるのかが明らかになるだろう。そうした関税は国際ルールを無視し、報復措置に道を開くものとなる。
だが、新たな関税の導入が見送られたとしても、貿易回復の兆しは見た目ほど強くないようだ。
投資家は当然ながら、鉄鋼関税は米国の鉄鋼株にとってプラスになるとみなしてきた。鉄鋼業は国際競争にさらされ、財務状態も厳しい。それでも、鉄鋼分野、あるいはもっと広い分野で本格的な貿易戦争に発展すると懸念する声は少ないようだ。
投資家はグローバル化が逆行するリスクをなぜもっと警戒しないのだろうか。その答えの1つは、トランプ氏が貿易戦争を始めたがっているなどと誰も本気では信じていないからだ。選挙戦で強硬な発言をしていたトランプ氏が勝利すると、投資家は貿易問題が生じるとみてメキシコペソを大量に売却した。ところが、現在のペソ相場は米大統領選前よりも上昇している。トランプ氏が最初に導入した関税はカナダに対するもので、同氏の支持者が予想していた標的とは違った。それ以外にトランプ氏が行った通商措置といえば、報復関税を警告したり、報告書の作成を命じたり、現行規則の運用方法を見直したりすることが中心だ。
もう1つの答えは、投資家の間でグローバル化の逆行が議論されるようになって久しいからだ。その結果、貿易摩擦が強まるという考えに意外性はない(本格的な貿易戦争が起きれば大きな衝撃を受けるだろうが)。2007年〜08年の金融危機の影響で国際貿易は急減に落ち込んだ。一時持ち直したものの、それから何年も横ばい状態が続く。銀行も海外での融資枠契約から撤退した。今の状況は、国境を越えた銀行の大型買収が相次いでいた金融危機前とはほど遠い。ささいな貿易紛争が増えるなど、保護主義が徐々に目に付くようになっている。
オランダ経済政策分析局(CPB)によると、1-3月期は貿易量の回復が鮮明で、3月は前年同月比5.7%増と、6年ぶりの伸びを記録した。しかし、4月の統計はもっと弱く、海運業は苦戦を強いられている。
貿易の加速は投資家にとって朗報となる。グローバル化が進めば、経済成長が加速するだけでなく、生産用資産や労働者をより有効に活用できるからだ。リスクもある。足元の貿易回復が実は「幻」にすぎなかったことが明らかになること、そしてトランプ氏が回復の芽を摘んでしまうことの2つだ。
国際貿易の回復は、中国で昨年実施された景気刺激策の影響にすぎないのであれば、見た目より力強さを欠くかもしれない。オックスフォード・エコノミクスの推計によると、貿易増加分のうち、中国の需要による波及効果と考えられる割合は70%にも及ぶ。こうした需要が長続きすると見込む声はほとんどない。足元で中国が金融にブレーキを掛ける中、バルチック海運指数は急低下し、ダウ・ジョーンズ世界海運指数は海運株が今年の高値から10%下落したことを示している。国際貿易の主要指標の1つである韓国の貿易量は、3月に過去最高を更新したが、その後は下降路線をたどる。
トランプ氏が鉄鋼関税の導入に踏み切った場合、貿易制限が着実に増えてしまいグローバル化が逆行する「貿易戦争」につながるかどうかが問題となる。
1930年代の教訓は、貿易戦争は誰の得にもならないというものだ。従って筆者としては、もっと分かりにくい形での報復があるとみている。とはいえ、政治家が自らの真剣さを最もアピールできるのは、(関税に)公然と反撃した場合だろう。欧州では、トランプ氏を攻撃すると特に支持票の上積みが期待できるようだ。投資家は貿易に対する警戒心をもっとしっかり高めておくべきだろう。
