不動産にテックの荒波が押し寄せる

 時代はAIだ、IoTだと騒がしい。そしてこれらの技術革新が不動産の世界にも及ぶだろうということで最近では「不動産テック」なる造語まで登場してメディアを賑わせている。

 こうした議論が起こると必ず面白おかしく取り上げられるのが、その業界で生きている人たちの仕事が消滅し、大量の失業者が生じるというネガティブな話だ。銀行員はそのほとんどが業務を失い、リストラされる、あるいは税理士業務のほとんどはAIにとってかわられるだろうなど世の中は物騒な話でいっぱいだ。

度胸のある体育系が重宝されきた不動産業界

 さて不動産の世界では何が起こるのだろうか。不動産という商品はこれまで「グローバル化」とか「技術革新」といった世界とは全く無縁の存在だった。また不動産は読んで字のごとく「動かせない」商品であることから、常にドメスティックな存在であり、国内の多くの業界が直面したグローバル化の波からも一歩距離を置くことができていた。

「グローバル化」という言葉に縁のないシーラカンス的存在だった不動産業界 ©iStock.com © 文春オンライン 「グローバル化」という言葉に縁のないシーラカンス的存在だった不動産業界 ©iStock.com

 私が不動産業界に入ったころは、不動産会社に入る学生はおおむね「算数できない、英語できない」というのが通り相場だった。つまり不動産を扱うにはごちゃごちゃ理屈を並べるのではなく、必要なものは度胸とドタ勘だけ。不動産はいわば「とったもの勝ち」で、不動産価格は勝手に右肩上がりで上昇するものであるから体育会でみっちり鍛えられた、力があって勝負勘の強い学生が珍重されたのである。

 だが、このシーラカンスのような存在だった不動産業界にも2つの大きな流れがやってきた。ひとつが不動産の証券化による金融マーケットとのつながりであり、もうひとつがAIやIoTに代表される技術革新だ。

「算数できない、英語できない」でもOKだったのも今は昔

 不動産の証券化は、不動産を金融という技術を使ってペーパー(証券)化することによって、不動産をよく知らない素人でも扱うことができる金融商品に仕立て上げることに成功した。不動産はそれまでは完全な玄人マーケットだったのである。つまり、一部の不動産会社やたまたま広い土地を所有していた地主が金融機関からおカネを借りてビルやマンションを建設し、テナントに貸し出すというのがビジネスモデルだったのだ。

 ところがこれを金融商品にすることによって、世界中の投資家のおカネを集めてきて中古の不動産に投資をさせる、開発して新しいビルやマンションを建設するための資金を調達することが可能となったのだ。またREITに代表されるように多くの不動産が証券化されて、一口数万円で誰でもが不動産オーナーになる道が開けたのである。

 こうした革命を通じて、これまで不動産業界人は「算数できない、英語できない」人間でも勤まったのが、緻密な収支計算のもとで利回りを算出して投資家に配当しなければならなくなり、外国人投資家には英語で彼らが興味を示す不動産の説明をしなければならなくなったのだ。

旧態依然とした業界にも不動産テックの荒波が押し寄せる

 金融マーケットという日々変動するマーケットに翻弄され続けてきた不動産業界に、さて次なる革命の波が襲いかかってきている。不動産テックの波である。

 不動産取引においては売買する場合でも賃貸する場合でも、不動産会社には重要事項説明という行為が必要になる。重要事項説明とは取引に際して重要と思われる項目について、宅地建物取引士の資格を持つ者が、関係者の面前で説明をしなければならないもので、取引する人が遠隔地に住んでいても実際に足を運んで説明する必要があった。

 スカイプなどが発達した現代においてこうしたシーラカンスのような業界のルールは、とりわけ日本の不動産を外国人が買い求めるようになると取引上での大きな障害として指摘されるようになった。

 国もようやく昨年の10月から賃貸仲介に限ってネット上での説明を認めるように法律の一部を改正したが、売買についてはまだ慎重な姿勢を崩していない。

ヤフーやソニーが業界に殴り込み

 またネットを通じて不動産を売りたい人、買いたい人をマッチングさせる動きも活発になってきた。ヤフー不動産やソニー不動産などはマンション取引を主体に売主の仲介手数料ゼロを売り文句に不動産業界に蔓延る手数料主義、売り手と買い手を同時に囲い込む両手取引に殴り込みをかけてきている。

 不動産は「二つとして同じものが存在しない」という特殊な商品であることから取引も複雑であり、こうしたネット上のマッチングを含め、ネット取引全般に対して否定的な見方をする人もあるが、私は不動産テックが今後不動産取引を活発化させることにおおいに役立つのではないかと期待している。

 とりわけマンションの中古流通はネットに馴染みやすい。マンションの部屋は戸建て住宅などと違って、間取りも単純で住戸内の設備仕様を点数化しやすい。また同じ棟であれば建物としての条件がほぼ同じであるため、価格付けが容易である。大規模マンションであれば常に複数の住戸が流通マーケットで取引されていることからすでに相場も形成されていることもネットに馴染みやすい理由のひとつだ。

都内の主要マンションすべてをAIで診断しようとするネット業者

 先日、私の事務所を訪れたネット業者の相談には仰天した。彼らの構想は都内の主要マンションのすべてを、AIを使って診断し、住戸別に勝手に値付けして公表しようというものだった。これまでの中古市場は間にたつ不動産業者が経験と勘を頼りに勝手に値付けして取引相場を作ってきた。それに対してAI診断マーケットでは、自分が住むマンションの現在価格が毎日株価ボードのように掲示され、それを見た買い手が所有者にアプローチできるというのが彼らの考えた仕組みである。

 マンション相場が上昇期であれば、毎日自宅の含み益が上がるのをニンマリ眺めて楽しむこともできるが、下がっているときにはさぞかし気分が悪いだろうと当初はこのアイデアにはあまり賛同できなかったが、どうだろうか。意外と多くの人が実は自分が住んでいる自宅の本当の資産価値を知らないのが現実だ。上がっているときも下がっているときも常に冷静に自らが持つ不動産の価値を目にすることができれば、売買や賃貸もスムースに決断できるのではないだろうか。また診断技術が上がれば、自宅にしっかりとお金をかけてリニューアルを行うことでお隣の住戸よりも高く評価されることを実感できるかもしれない。不動産テックが不動産の流通市場をおおいに活性化させることにつながるかもしれないのだ。

今度は金融マンがAIに追いつめられる

 さて、不動産の証券化の進展で「算数できない、英語しゃべれない」不動産社員を追いやり金融マンが席巻した不動産業界で、今度は彼らがAIに追いつめられることになる。

 将来不動産業界を闊歩するのは、金ぴかブレスレットに派手なラメ入りのスーツを着た地上げ親父でも、眼鏡をかけた、痩せて神経質そうな金融マンでもなく、理科系ネットオタクで日本語もしゃべれるのか怪しいような種族が開発したAIになっているのかもしれない。不動産新時代の到来である。

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