大企業と新興企業、協業の落とし穴

大企業とスタートアップ企業の協業に潜む4つの落とし穴 © diamond 大企業とスタートアップ企業の協業に潜む4つの落とし穴

大企業とスタートアップの協業が上手く行かない理由

 大手企業とスタートアップ企業とのオープンイノベーションを目指した取り組みが活況を呈している。以前はIT関連企業が多かったが、最近では金融や鉄道、食品、スポーツ業界などでも非常に積極的に取り組まれており、もはやオープンイノベーションはIT業界の専売特許ではなくなってきた。

 オープンイノベーションとは、自社内だけでなく、他社(異業種、スタートアップ企業、大学など)の技術やサービス・経験を組み合わせることで、新たな価値を創出しようとするもの。イノベーションが起こりにくい大手企業と、イノベーション発想は持っているものの企業としての総合力が不足しているスタートアップ企業が、互いの強みと弱みを補完し合う意味で協業するケースも多い。

 特に「インキュベーションプログラム」「アクセラレーションプログラム」といった、オープンイノベーションへの取り組みが大企業で多く実施されるようになってきたのも最近の傾向だ。

 これは、大手企業側がプログラムを主催し、社外専門家のサポートを受けながら、技術・経営など様々な点からスタートアップ企業の成長を支援するもので、出資提携、協業等のオープンイノベーションのパートナーとなり得るスタートアップ企業の発掘を主な目的とするケースが多い。

 また、大手企業がスタートアップ企業への出資、協業促進することを目的にしたコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)を設立する動きも加速している。

 この大きな流れに呼応するように、最近では企業の垣根を超えたオープンイノベーション実務担当者、CVC関係者のコミュニティも形成され、各社の取り組み概要や失敗事例、ノウハウ共有が活発に行われている。だが、こうした取り組みが増加しているものの、その一方で、これらが事業として成功するケースはまだまだ少ないのが実情だ。

 取り組みが増えている今、なぜ失敗したのか、どこに落とし穴があるのかを学ぶことで、成功の可能性を高めることが必要になっている。そこで今回、大手企業がスタートアップ企業との協業で陥りがちである「代表的な落とし穴」について見ていきたい。

落とし穴1:手段の目的化

 落とし穴の1つ目は、「手段の目的化」だ。オープンイノベーションの本来の目的が明確になっており、常にそこを目指して活動していくことが徹底されていないと、単に短期間で「やっている感」を出すための取り組みに走ることになる。

 前述したとおり、「アクセラレーションプログラム」は、大手企業が自社の持つ総合的な企業力とスタートアップ企業の持つ斬新なアイデアとを掛け合わせて新たな価値を創出したり、スタートアップ企業に対してビジネスに資するメンタリングを提供したりすることで、その成長を加速させたりする。また、そのプログラムを通じて大手企業社員もスタートアップ企業と接することで、起業家目線を身につけ、自社企業文化に新しい風を吹き込む人材へ成長するなど、様々な目的がある。

 非常に意義ある取り組みではあるが、本来、目指していた目的を達成できたか否かを判定できる結果が出るには、かなり時間が掛かる。だが、変化の速い昨今のビジネスにおいて「結果が出始めるのは3年後くらいから」というものは、なかなか許容され難い。そこで、短期的に「成果を出している感」を醸し出す必要が出てきてしまう。ここで起こりがちなのが「手段の目的化」だ。

 プログラムそのものを無難に回すことや、イベントが盛り上がっているかどうかを重視してしまう。本来、その取り組みを行うことで結果に結びつけることが目的であるのに、盛り上げることそのものが目的化されてしまうといった状況である。

 また、大企業がスタートアップ企業に対して、少額な業務委託契約を発注する行為も、手段の目的化にあたるだろう。新たな価値創造といった大きな成果を目指す協業は、そう簡単に実現しない。しかし、短期的な「やっている感」を出すために、とりあえず下請け的業務をスタートアップ企業へ発注し、お茶を濁すという行為である。

 戦略的なシナジー創出を目的とするCVCの場合であれば、「とりあえずの出資件数稼ぎ」が該当するかもしれない。出資そのものは有望スタートアップ企業発掘のための手段であり、目的ではないケースでも、独立したCVCにとっては各年度のKPIのひとつに出資件数が採用されることが多い。短期的な成果として、出資件数稼ぎに注力してしまうのだ。これも、よくある「手段が目的化」しているケースだ。

落とし穴2:スタートアップへの「リスペクト」

 オープンイノベーションを推進するパートナーとして、大手企業がスタートアップ企業と対等な立場で案件に取り組む姿勢は非常に重要だ。

 共に新たな価値創造を目指す仲間であるわけで、下請け扱いをしていたら新たな価値創造など実現するわけがない。感情的な部分ではあるが、スタートアップとの協業においては極めて重要である。

 このポイントは10年以上前から同じことが言われており、日々スタートアップ企業と接している大手企業の関連部門メンバーにはかなり浸透している。

 だが、他部門メンバーなど全体にそのマインドが根付いていないケースも多い。いくつかの理由があるが、結局はスタートアップ企業をリスペクトすることが「腹落ち」していないのではないか。

 そこで、次のような考え方をしてもらうと「腹落ち」につながると思うので紹介したい。

 昨今のスタートアップ企業は、社会課題の解決に正面から挑戦しているケースが増えている。本気で世の中を良くしたい、困っている人たちを助けたいという強いモチベーションを胸に起業している起業家が多い。それに対して、新規事業を立ち上げようとしている大手企業では、一人ひとりが社会課題の解決まで本質的に考えているとは言い難い。

 産声をあげたばかりの小さな会社が、本気で社会課題の解決に向けて汗水垂らしている。彼らの信念、視座の高さを純粋に見れば、自然とリスペクトの念が湧いてくるはずだ。

落とし穴3:エッジに「ヤスリ掛け」

 新しい価値を生み出すアイデアや事業は、常に“エッジ”が立っているものだ。よって初期段階では、賛否両論が多く飛び交う傾向にある。オープンイノベーションを「異質なアセットの組み合わせによる新しい化学反応=新しい価値創出」と捉えるのであれば、なおさらである。

 しかし、大手企業がある案件を進めようとすると、社内関係部門との合意形成や経営幹部の承認を得る必要がある。様々な関係者からの要求や質問、疑問を解決するために尖った部分を丸くしていかざるをえないことが多々発生する。この「合意形成」プロセスが、まさに「エッジにヤスリを掛けてしまっている」行為だ。

 その結果、エッジの効いた技術・サービスに魅力を感じ、スタートさせようとした取り組みは、丸くヤスリ掛けされ、結局多数の合意形成が可能な、無難な部分だけに限定した通常の業務委託契約になってしまう。

 せっかくのオープンイノベーションを目指したスタートアップとの取り組みが、結局「少しだけ従来と違うアプローチをした業務委託契約」になってしまう。

落とし穴4:1/1評価

 大手企業によるスタートアップ企業への投資や協業がスタートした当初は、オープンイノベーションによる価値創造のための活動や案件に対して「ポートフォリオの一部」、全体の1/10や1/100といった見方がされる。

 しかし少し時間が経過し始めると、「ポートフォリオの一部」という考え方が薄れ、協業案件や出資案件を一つひとつの独立案件として、1/1で評価し始めてしまう傾向がある。1件1件をきちんと評価すること自体を否定するものではないが、オープンイノベーションの取り組みは百発百中というわけにはいかず、1/1での評価には馴染まない活動である。

 こういった評価に移行すると、実質的に百発百中を求められることになり、失敗が許容されないという雰囲気が醸成され、活動そのものが萎縮していく。エッジの効いたスタートアップ企業との新たな取り組みに、チャレンジし難い環境が定着してしまうのだ。

落とし穴を避けるには?

 これらの落とし穴を避けるためにはいくつかポイントがあるが、重要な2点を紹介する。

 1つ目は、骨太なゴール、実現したい青写真を明確化することである。オープンイノベーションやスタートアップ企業との協業もその実現手段であって、目的ではないはずである。その上で常にブレずに、骨太なゴールに向かうプロセスを回すことが重要である。

 アクセラレーションプログラム内のスタートアップ企業に対するメンタリングでよく指摘される、ゴール、それに向けてのマイルストーン、仮説、KPI設定を行い、それに向かってPDCAを回すといった作業を、大手企業自身の取り組みでも実践することが重要である。

 注意しなければいけないのは、これらのプロセスがしっかりとゴールを向いているかである。これを徹底することが「手段の目的化」という落とし穴を回避する近道だ。

 2つ目は、評価手法の見直しだ。

 オープンイノベーションは、実践の場に数多く立ち続けることが重要になる。そのため、アクセラレーションプログラムやインキューベーションプログラム、CVCなどの取り組みが活発化している現状は、非常に好ましい状況だと思う。しかし、ここで確認しなければならないのは、オープンイノベーションの推進を担う大手企業のメンバーに対する評価制度が、ある程度長い時間軸で、失敗を評価する仕掛けになっているか否かである。

 オープンイノベーションの取り組みは、チャレンジが大前提だ。しかし、チャレンジには必ず失敗がつきまとう。特にスタートアップ企業とのオープンイノベーションの場合、高い確率で失敗するだろう。しかし、失敗の中身をきちんと見ることが大切だ。大手企業では、社員の業績評価は半年サイクルが一般的だが、数年単位で取り組みを評価するなど、「失敗を評価しながら、成功を粘り強く待つ」仕掛けを持つことが何よりも重要である。

(トランスリンク・キャピタル・マネジメント・パートナー 秋元信行)

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