ラミレスが大切にする魔法の日本語
「ラミレス監督はどんなときでも焦らないですし、最後まで、クライマックスシリーズ(CS)であろうが日本シリーズであろうがぶれないので、選手たちは動揺することがありません。僕たちがいつも通りプレーできるのは、ラミレス監督の雰囲気だったり、言葉だったり、そういう部分が大きいと思います」
11月2日に横浜スタジアムで行われた日本シリーズ第5戦の試合後、横浜DeNAベイスターズのキャプテン・筒香嘉智は、確信をした表情でそう語った。
今季のペナントレースにおいてセ・リーグ3位ながら阪神タイガース、広島カープをCSで撃破し、19年ぶりに日本シリーズを戦ったDeNA。3連敗から息を吹き返し2連勝を挙げ上昇ムードをつくるも惜しくも日本一の座は逃してしまった。だが、その奮闘において衆目が集まったのが、指揮官として2年目となるラミレス監督の采配だ。
例えば今シーズン、不振の桑原将志を1番で起用しつづけ、また同様に調子のあがらない倉本寿彦を9番というセオリーではない打順に置くなど、結果が伴わないうちは『頑固采配』と揶揄されることもあったが、結果的に選手たちはラミレス監督の期待に応え、チームは2年連続Aクラスに進出。昨年の借金2から今シーズンは貯金8と増やし、16年ぶりとなる勝率5割以上でペナントを終えたことは高評価に値すると言っていいだろう。
ラミレス監督は自らの采配について「データ70%、フィーリング30%」と語る。
「100%データ主義でやってしまうと人間なのでうまくいかないこともある。例えば選手のモチベーションを高めるという意味では、裏付けのある資料を元に『君は相手投手との相性がいいから使う』と伝えるように、データがあるからこそ良いモチベーターになれるといった側面はあると思います」
選手起用法における、いわゆるデータ部分は各媒体が分析しているので割愛するが、それよりも注目したいのは、ラミレス監督の人心掌握術だ。冒頭のコメントで筒香は、ラミレス監督の「雰囲気」や「言葉」について言及している。チームの絶対的支柱であり、どの選手からも絶大な信頼を受けている筒香が言うだけに、若い選手たちへ向けてのラミレス監督の“その気にさせる”やり方は、チーム成績に大きな影響を与えているはずだ。
シーズンを戦うにおいてまず重要になるのはレギュラー選手たちの起用法であるが、同様に一丸となり戦う集団になるべく雰囲気づくりとして大切なのがレギュラーではない選手たちへの気遣いである。長いシーズンを鑑みれば、彼らの自主的なサポートや献身がなければ絶対に戦い抜くことはできない。
選手たちにラミレス監督について話を聞いていくと、ある3つの日本語のキーワードが浮かび上がってきた。
『元気?』、『大丈夫』、そして『がんばって!』。
ラミレス監督は普段、通訳を介し英語で話しているが、この日本語だけは選手たちに直接伝えるようにしている。その意図を次のように話してくれた。
「どうしてわたしがこの言葉を使っているのかというと、じつは監督から試合に出ていない選手に対し普通に話しかけるというのが難しいからなんです。けど、わたしは彼らのリアクションを見てみたい。例えば『元気!?』『がんばって!』と、簡単な言葉ではあるのですが、これを伝えることで『あなたのことをきちんと見ているよ』というメッセージが伝わり、選手は『見てくれているんだ』と現状を前向きにとらえることができる。ですから、この3つの日本語はわたしにとってとても大切なものなのです」
今シーズンの中盤、レギュラーを獲得しセ・リーグ首位打者に輝いた宮崎敏郎は、以前守備に苦しんだ時期があったがラミレス監督のこの言葉で救われ、現在の地位を築くきっかけになったという。
「とくに若い選手は監督に対しアピールがしたいし、監督が自分ことをどのように思っているか気になるはずなんです。わたしとしては、『監督は崇高で話しかけづらい存在』になるのだけは避けたい。いつでもドアはオープンにしているし、誰だろうがいつでも入ってきて構わない。3つの日本語は、そういった雰囲気を醸しだすのにも必要なものなのです」
3つの魔法の日本語は、ほんの一例に過ぎないが、レギュラーのみならず、チーム全体をマネジメントすることにおいてラミレス監督は、細かな目くばり、気きばり、心くばりができていると言っていいだろう。それを意気に感じた筒香を中心とした若い選手たちは、能力以上の力を発揮する。
そして多くの選手たちが初体験となった日本シリーズにおいて興味深かったのが、選手たちへの信頼が窺える立ち振る舞いだ。
通常このような大勝負を迎えると、指揮官はミーティングなどを開き大号令を発するものだが、ラミレス監督は日本シリーズで3連敗した後も、とくに選手たちを集め話すようなことはなかった。
「今は言うよりリラックスしてエンジョイしてくれればいい。特に変えることなく、いつも通りやってくれればいい。いろいろ言ってしまうとプレッシャーになるだけだし『監督、うるさいな』と思ってしまう。わたしも選手時代、そういう経験がありましたからね」
特別な舞台を日常へと導く――ラミレス監督は、筒香が言うように決してぶれない。
「監督として何も言わず静かにすることが、選手にとっては逆にいいモチベーションになると思います」
残念ながら日本シリーズ制覇とはいかなかったが、シリーズ初戦の大敗以外は緊張感のあるゲームを演じ、プロ野球界において存在感を示したDeNA。選手層の薄さなど課題は山積みであるが、日本シリーズという未曽有の体験をした若い選手たちは果たして来季、データマンであり最高のモチベーターであるラミレス監督のもとどのような活躍をしてくれるのか、今から楽しみでならない。(文・石塚隆)