マリノスの超前衛戦術は実を結ぶか
© photograph by Getty Images 典型的なサイドバックだった山中亮輔が、今季は中央にも入り込んでプレーしている。マリノスの挑戦は実を結ぶか。
「今年のマリノスはつなぐつなぐって聞いてたけど、マジで(マンチェスター・)シティみたいじゃね?」
「去年と全然違うチームだよな」
柏レイソルのホームスタジアムのゴール裏は、金曜日の夜から多くの目の肥えたサポーターで賑わっている。3月2日の第2節で本拠地に迎えた横浜Fマリノスの前半のプレーを見て、彼らは口々にその印象を語っていた。
「山中(亮輔)なんて、あんなポジションにいるし」
少年時代から柏の下部組織で育ち、一昨季まで黄色のシャツを着ていたレフトバックは、アンジェ・ポステコグルー新監督が率いる新生マリノスのキープレーヤーのひとりだ。
ペップ・グアルディオラがバイエルンで始め、現在はシティでも採用する独特なサイドバックの動きが、オーストラリア人戦術家のもと、今季の横浜で実践されている。
“偽のサイドバック”(false sideback)や“転化型フルバック”(inverted fullback)とも呼ばれるその役割は、攻撃を構築する際に中盤の中央に入り、味方のオプションを増やし、ポゼッションを高めるためのものだ。
山中は前節のセレッソ大阪との開幕戦で、ペナルティーアークのすぐ外から見事なミドルで先制点を決めた。左サイドバックが中盤前方であれほどの時間とスペースを享受できたのは、新指揮官が掲げる最先端の戦術によるものだ。
J1では一昨季と昨季に1得点ずつしか記録していない24歳が、今季は横浜の最初のスコアラーとなった。新たな試みを楽しんでいるように、僕には見えた。
本人は中央でのプレーをどう思っている?
「いや実際は、楽しんでいるというよりも、けっこう必死です。試合に出るために、監督の求めることを表現できるように」
開幕戦の翌週のトレーニング後にその印象を投げかけてみると、山中はそう答えた。では新監督に求められている動きとは、どんなことなのか。
「ボランチみたいなプレーや、前を向いて(ボールを)運ぶこと。自分はずっとサイドでやってきたので、正直に言って、真ん中に入ると背後からのプレッシャーが怖いところもあります。でもその辺は練習や試合をこなしていくうちに慣れると思う。監督とコーチの指導をしっかり吸収していきたいです」
「ああそういう意図だったのか」という気づき。
あの開幕戦のゴールについては、こんな風に謙虚に振り返っている。
「前半から右サイドで押し込めていたので、相手はそっちに気を取られていたと思います。自分が中に入った時にボールが来てゴールを奪えたから、監督としては狙い通りだったかもしれません。でも僕としては、ああそういう意図だったのかと、そこでやっと理解できた感じ。(新たな手法について)半信半疑な部分もあったけど、セレッソという強い相手にボールを持てたので、自信につながりました」
ただし、開幕戦では終盤に追いつかれて引き分けに終わった。そして柏との第2節では優位な時間帯もあった前半にゴールを奪えず、後半に2失点を喫して敗北。山中は古巣を相手にチーム最多の3本のシュートを放ったり、鋭いクロスを味方に届けたりしたが、結果には繋がらなかった。
世界でも例の少ない前衛的なスタイルに挑み、良い時間帯を作りながらも、白星はまだ得ていない。ここまでの2試合は、前半は面食らった相手を向こうにボールを保持したものの、後半に敵が慣れてきて潮目が変わった。
ノーミスを前提とした勇敢なスタイル。
柏で中盤の一角を担った細貝萌は、今季の横浜の印象を次のように語った。
「中盤をやっていた僕としては、すごく難しかったですよ。相手はサイドバックが中に入ることでポゼッションを高めていたので、僕らはなかなか的を絞れず、ボールを取れなかった。だけど、(GK中村)航輔のところまでボールが来なかったから、怖くはなかった。航輔もこのまま堪えてくれと言っていた」
細貝はドイツ時代に、ペップのバイエルンと対戦した経験がある。比較にならないことを承知でその点を尋ねると、「さすがにレベルが違いますよ。あっちはもっとボールを動かして、ミスはほぼなかったから」と答えてくれた。
ミスをしないことが前提に立つような(無論、それはどんなチームにも不可能だが)、勇敢なスタイル。まだ結果は出ていないけれど、そう好意的に捉えているマリノス・ファンもいるはずだ。
最終ライン裏の広大なスペースを使われたことには対処すべきだし、低い位置で回して奪われた時の怖さも実感した。それでも面白い挑戦であることは間違いない。
目指すスタイルの実現は近づいている。
そのチームで最も特徴的な動きを担うひとり、山中は敗戦の悔しさを滲ませながらも、足元へ向けていた視線を前に戻した。
「今日に関して言えば、全体の精度が足りなかった。良いサッカーができているだけじゃダメだと思うし、ポゼッションができても勝てないと……。でもこのチームは始動して、まだひと月ちょっと。目指すスタイルを表現できているところもあるので、監督を信じて、ブレずにやっていきたいです」
山中は今季のシティのレフトバックのひとり、ファビアン・デルフの動きを参考にすることがあるという。あの左利きの元セントラルMFから「(ボールの)受け方とか落ち着き」を見習い、日本における偽のサイドバックの先駆者になれるか。
マリノス・サポーターだけでなく、生まれ育った街の濃いサッカー好きたちも誇らしくなるような。