帰ってきた「闘犬」はミランを救うか

ガットゥーゾほど、現役時代とイメージが変わらない指導者も珍しい。その魂は弱りきったミランに乗り移るのか。 © photograph by Getty Images ガットゥーゾほど、現役時代とイメージが変わらない指導者も珍しい。その魂は弱りきったミランに乗り移るのか。

“闘犬”が帰ってきた日、サン・シーロは雪になった。

 氷点下の寒さだが、ミランの新監督ガットゥーゾにとっては物の数ではない。

「試合に集中してたら寒さなんて感じない。ハダカだっていいぐらいだ。俺が預かっているのはミランのベンチなんだぞ」

 雪の勢いは増すばかりだったが、クラブ愛に満ちる新指揮官の言葉には熱が宿っている。ロッソネロの“闘犬”としてイタリアや欧州で暴れまわったガットゥーゾは、窮状にある古巣を救えるのか。

 クリスマス前だというのに、ミランの置かれた状況は決して芳しくない。

 14節トリノ戦で引き分けた後、ミラン経営陣は成績不振を理由にモンテッラ監督を解任した。

 来季CL出場圏である4位との勝点差は11に引き離されており、順位表上位との対戦成績は6戦全敗。勝点は、戦力で劣っていた昨季の同時期より9ポイントも少ない。チームは淡白でまとまりがなく、誰もが他人事のようにプレーしていた。

時期尚早気味だが、ガットゥーゾしかいなかった。

「もはや足踏みが許される時間は残っていない」(ミラベッリSD)

 後任を託されたのが、今季からプリマヴェーラ(ユースチーム)の監督として古巣ミランに復帰していたガットゥーゾだ。

 名将アンチェロッティに率いられた2000年代の黄金時代に、彼はCLやクラブW杯を含むタイトルを総なめにした。イタリア代表としてドイツW杯も制している。

 13年間のクラブ奉公の後、「いつか監督として戻ってくる」と言い残してミラノを後にした。あれからまだ5年と少ししか経っていない。

 来年1月で40歳になるガットゥーゾは「少し時期尚早だと思わないでもない」と就任会見でほのめかしたが、だからといって古巣の危機に尻込みしたとあれば、彼の男がすたるというものだ。

監督としての初戦で、歴史に残る赤っ恥。

 しかし、ミラン監督ガットゥーゾの初陣は惨憺たるものだった。

 就任1週間で迎えたセリエA監督デビュー戦の相手は昇格組ベネベント。開幕以来14戦全敗、欧州1部リーグ史上最弱といわれる彼らに、ガットゥーゾのミランは勝つことができなかった。

 2-1でリードしていた95分に、相手FKから同点ゴールを許しただけでも間抜け扱いは免れないのに、よりによって攻撃に関しては素人のGKブリニョーリに破れかぶれのヘディングゴールを決められてしまったのだから目も当てられない。ミランは歴史に残る赤っ恥をかいたのだ。

「試合最後のプレーでGKに得点されるなんて、ナイフで腹にブスリとやられた方がマシだよ」

 新監督の物騒な嘆き節も飛び出した “ベネベント・ショック”から5日後、ミランはELでも失態を晒した。リエカへの遠征で0-2の大会初黒星を喫したのだ。

 すでにグループリーグ突破を決めていたから良かったものの、ベネベント戦から先発10人を入れ替えた新指揮官の采配には、早くも懐疑の目が向けられた。

「真夏の夜の夢よ、さらば。だが、悪夢はつづく」(『ガゼッタ・デッロ・スポルト』紙)

 ガットゥーゾのミランの門出は最悪だった。

頼れるオヤジは、SNSアカウントなんて持っていない。

 精悍そのものだった現役時代に比べると目尻が下がり、腹回りにとっぷりと肉がついた監督ガットゥーゾは、選手たちの兄貴分というより、“頼れるオヤジ”の風格がついている。SNSアカウントなんてものは持っていない。

 元サッカー選手というより、腕一本で稼ぐ南イタリアのオリーブ農家経営者という風体だ。

 '12年夏からシオン(スイス)でプレイングマネージャーの経験を積み、セリエB時代のパレルモやギリシャを渡り歩いた。'15年に3部ピサの監督に就任するとクラブの財政危機と戦いながら2部昇格を果たしたが、2年目にあたる昨季、42試合でわずか23ゴールという得点力のなさに泣いて降格した。リーグで2番目に失点の少なかった堅守のチームが降格するという珍ケースだった。

「走行距離でケツから2番目とはどういうワケだ?!」

 今年の夏、古巣に呼ばれてユースチームの監督を請けた。旧知の友人であるモンテッラの指導するトップチームの窮状は見聞きしていたが、いざ自ら指導に当たってみると、ミランは重症だった。

 打たれ弱く、先に失点したら反撃できない。データを見たら、あらゆるチームに走り負けていた。

「チーム別走行距離で、うちがケツから2番目とはどういうワケだ?!」

 芝を顔中に貼り付けながらグラウンドを駆け回ったガットゥーゾにとって許せないのは、ボールホルダーに自由にプレーさせることと、相手に走り負けすることだ。

 前任者が好んだ、ボールを用いた練習メニューを即刻止めさせると、ガットゥーゾは単純な走り込みを大幅に増やした。結果はすぐに出なくても、シーズン後半戦やチームの将来を考えればやらせないわけにはいかない。

「このチームには(練習でも試合本番でも)インテンシティが足りない。相手に走り負けない“脚”は絶対必要だ。選手たちのフィジカルやメンタルを変えるにはひと月、いやひと月半は欲しい。それも言い訳にならないことはわかってるが、今のミランにはもう何の猶予もない。勝つしかない」

ミランは債務超過で思いペナルティが濃厚……。

 巷では、ガットゥーゾの監督ポストは今季終了までと見られている。ファッソーネCEOら経営陣は来夏の大物指導者招聘を考えており、ガットゥーゾの任期はあくまで本命までの暫定的なものという見方だ。

 ただし、事態は流動的といえる。中国資本下となったクラブ自体が、UEFAから鉄槌をくらいそうなのだ。

 債務超過によってFFP(ファイナンシャル・フェアプレー)制度の罰則規定に抵触することが確実なミランは、処分保留を求める請願書を先月UEFAへ提出した。内容審査の正式発表は今週中と見られているが、ミランの請願は却下されることが濃厚だ。そうなれば罰金処分や移籍市場での取引停止、果ては欧州カップ戦への出場制限といった重いペナルティは避けられないだろう。

 李会長ら新経営陣が、ミラン買収のために借り受けた米国ファンドからの3億ユーロ超の返済についても、かなり危うい橋を渡っているように思えてならない。

セードルフ、インザーギ、モンテッラが散り……。

 近年、ミランの監督職には、かつての名手セードルフや名ストライカーだったインザーギ(現ヴェネツィア監督)が場当たり的に登用され、結果的に彼らが使い捨てにされていったことを、世界中の指導者やサッカーファンは目撃してきた。

 諸々の悪条件が揃った今のミランの監督ポストを快諾してくれる人間は、世界中くまなく探してもダミ声で義侠心に厚いガットゥーゾ以外いないのだ。

 本当に強いチームとは何だろう。

 テクニックのあるチームだろうか。それとも戦術に優れ、攻撃力も守備力もあるチーム?

 現役時代、ガットゥーゾは師と仰ぐアンチェロッティとリッピのために走って、走って、走りまくった。

 本当に強いチームとは、選手が“監督を男にしたい”と慕うチームじゃないかと思う。ガットゥーゾがセリエAを去った5年前、スクデットを獲った闘将コンテ(現チェルシー)が率いたユベントスもそんなチームだった。

第4審判の注意など聞かず、せわしなく動き回る。

 10日の16節ボローニャ戦で、ガットゥーゾはかつての我が家サン・シーロに帰ってきた。

 試合途中からちらつき始めた雪が後半から本降りになっても、マフラーもダウンジャケットも羽織ろうとしなかった。

 4-3-3に回帰したミランは、プレーのテンポを早め、球離れが良くなっていた。“闘犬”の後継者であるMFケシエがパワフルに中盤を支配し、前主将モントリーボが捌いて、FWボリーニが前線をかき回した。

 先制した後に追いつかれたが、60分に指揮官はFWクトローネを入れ、4-4-2にスイッチ。“何としても勝つぞ!”とグラウンドにメッセージを送った。MFボナベントゥーラの決勝ヘッド弾が生まれたのは76分だった。

 どこかの伊紙がセリエA監督デビュー戦でのガットゥーゾを「ベンチにいる彼はまるで檻に閉じ込められた猛獣だ」と書いていたが、サン・シーロでの彼は第4審判の注意など聞く余裕もなく、テクニカルエリアを出てせわしなく動き回っていた。

「罵倒は毎日のパンやワインと同じ」という指導方針。

 激しくなった雪の中で、ガットゥーゾはミランの監督として初めての1勝を手にした。

 嬉しくて、嬉しくて会見中に放送禁止用語を口走っても無理はない。だが、初勝利を上げた後のガットゥーゾの顔つきはあくまで神妙で、豪快さなど微塵もなかった。監督経験は浅いが歴戦の勇士だからこそ、この後の道のりが重要になることを“闘犬”は知っている。

「選手たちには『指導には汚い言葉を使うが覚悟しろ』と宣言した。罵倒は毎日のパンやワインと同じ。プロのサッカー選手はそれを消化して強くなるんだ」

 新監督ガットゥーゾには恩師の2人に加え、サッキやカペッロ、ピルロやカンナバーロなど錚々たるミランOBや名手たちがエールを送った。彼らは皆一様に「存分にやれ」「厳しくやれ」と“闘犬”へお墨付きを与えている。

 ミランへ闘志を呼び戻すのにガットゥーゾ以上のモチベーターはいない。雪のサン・シーロにミラニスタたちのチャントが響く。

「俺たちがピッチ上に望むのは、11人のガットゥーゾだ!」

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