7点差で守護神 稲葉監督が込めた意志

プロ入り1年目から3年連続で50登板を記録している山崎康晃。ヤスアキジャンプはすっかりハマスタの名物だ。 © photograph by Getty Images プロ入り1年目から3年連続で50登板を記録している山崎康晃。ヤスアキジャンプはすっかりハマスタの名物だ。

「ベイとの戦いではウチの攻撃は8回で終わりですから! それまでにリードしないと9回は手も足もでない」

 横浜(現DeNA)の大魔神・佐々木主浩投手の全盛期に、巨人の長嶋茂雄監督(現終身名誉監督)はよくこうボヤいていた。

 佐々木がでてきたらお終いだ――。相手チームにそう思わせるクローザーの存在は、ゲームプランに不可欠な要素であるし、そういう絶対守護神を育てるのは、ある意味球団とファンの仕事といってもいい部分がある。

 メジャーでは、クローザーの登場曲が流れるだけでスタジアムのムードが一変する演出がされる。歴代最多652セーブを記録したニューヨーク・ヤンキースのマリアノ・リベラ投手はメタリカの『エンター・サンドマン』、リベラに次ぐ通算601セーブのサンディエゴ・パドレス、トレバー・ホフマン投手はAC・DCの『ヘルズ・ベス』等々、独特な登場曲があった。そしてそのイントロ(ホフマンは教会の鐘の音)が流れた瞬間に、スタジアムが沸きたち空気は一変する。

 ただ単にマウンドに上がって9回を締めくくるだけではない。そういう風にスタジアムの空気を変えられるクローザーというのは、チームにとって得がたい存在になるわけである。

9回、東京ドームのスタンドはザワついていた。

 日本が韓国を破って優勝した「アジアプロ野球チャンピオンシップ」の決勝戦。

 9回の韓国最後の攻撃を迎えると、東京ドームのスタンドはザワザワと落ち着きがなくなっていった。ある種の期待感を含んだその喧騒の中、ベンチから背番号19がマウンドに向かう。すると待っていたように“あれ”が始まったのである。

“ヤスアキジャンプ”だ。

“稲葉ジャンプ”の力を知る監督だからこそ。

 東京ドームで行われている国際大会だ。本拠地・横浜スタジアムで流れるゾンビ・ネイションの『ケルン・クラフト400』が流れるわけではない。しかし球場のファンがハミングでその音楽を奏で「ヤ・ス・ア・キ」と叫んでジャンプを繰り返す。

「曲はなかったものの声援も聞こえてきましたし、力を与えていただきました。素敵なサポーター、スタッフとできて嬉しく思っていますし、この大会を通じて僕自身ももっともっと強いパフォーマンスをできるようになっていかないといけないと改めて思いました」

 侍ジャパンのクローザー・山崎康晃投手(DeNA)は、改めて2020年に向けた決意を語った。

 自身も現役時代に“稲葉ジャンプ”でスタンドを巻き込み、それを自分の力としてきた稲葉篤紀監督だからこそ、山崎の存在感には特別な思いがある。

「山崎選手がでればみんながジャンプをするのは分かっている。球場の雰囲気が変わってくれないかな、と。僕のときも“稲葉ジャンプ”で球場の雰囲気、空気を変えてくれた」

7-0でも、山崎をマウンドに送り出した理由。

 この大会で侍ジャパンのクローザーを任された山崎にも、絶対守護神に不可欠な、そんなスタジアムの空気を変えられる力がある。

 初戦の韓国戦でも、1点を追う9回表に山崎をマウンドに送り、三者凡退で裏の攻撃に繋げたのが、9回裏の同点劇、その後のタイブレークでのサヨナラ勝利への布石となっている。

 決勝進出を決めた前日の台湾戦後に、投手陣をあずかる建山義紀投手コーチも決勝の起用法でこんなことを語っていた。

「明日は4つのアウトとか回跨ぎで使うケースも考えています。それともし追いかけるような展開になっても、試合の流れを変えるために使うこともある」

 7-0。結果的にはセーブもつかない大勝の場面だった。だが、あえて稲葉監督は山崎をマウンドに送り出した。その背景には、そういう力を持つ右腕を侍ジャパンの最後を締めくくる投手として育てる、という強い意志が込められているように見えた。

近年、日本はクローザーの人選に苦労してきた。

 国際大会のクローザーは過酷である。

 北京五輪ではあの岩瀬仁紀投手(中日)が、イ・スンヨプに決勝ホーマーを浴びてもいる。

 その重責を誰に委ねるのか。今春のワールド・ベースボール・クラシックでは、小久保裕紀監督は所属チームではクローザーが本職ではない牧田和久投手(西武)にその重責を託した。また'15年のプレミア12ではプロ入り2年目の松井裕樹投手(楽天)を指名したが、準決勝の韓国戦ではやはり先発が本職の則本昂大投手(楽天)を抑えのマウンドに上げている。

 過去にも国際試合では、上原浩治投手(カブス)やダルビッシュ有投手(ドジャース)らが、一時的に抑えを任された。彼らが求められたのも、ただ単に9回を0点で抑えて帰ってくることだけではなかった。

 最後をきっちりと締めくくって次の戦いへのリズムを作る。だから歴代の指揮官は四球を嫌い、三振を取れる投手を求める。そのために上原にはフォークがあり、ダルビッシュには縦のスライダーという空振りを取れる武器があった。そして山崎にもツーシームという伝家の宝刀がある。

 あとはその武器を磨き、五輪という独特なムードの中でも自分の力を発揮できるように心技体を磨き上げることだ。そのための最初の一歩が、今大会でのクローザー指名だった訳である。

2020年の五輪で、野球の会場は横浜スタジアムだ。

 おそらく2020年の東京五輪では山崎と松井がクローザーの有力候補になるはずで、もしかしたらダブルストッパー構想も浮上するかもしれない。松井には左という武器がある。そして山崎にはスタジアムのムードを変えられるという独特の力がある。その2人を稲葉監督がどう使いこなし、本番のクローザーを決めていくのか。それもあと3年間での侍ジャパンのテーマであるはずなのだ。

 今季の山崎は、シーズン途中でクローザーを外されたこともある。また日本シリーズではあとアウト2つで逆王手という場面で、ソフトバンクの内川聖一外野手に痛恨の同点ホーマーを浴びる経験もした。

「いい経験を積めて、僕の財産になったシーズンでした」

 こう語る山崎は続けた。

「世界一のクローザーになりたい。レベルは高いけど、もっともっと力をつけて、強くなれるように頑張ります。何とか2020年のオリンピックでも“ヤスアキジャンプ”をしてもらえるようになりたいし、そのためにもっともっと強くならなければいけない」

 2020年の東京大会。野球の会場は「ヤスアキジャンプ」の本拠地・横浜スタジアムである。

 舞台もまた、この絶対守護神の登場を待っているのである。

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