印経済沸騰、電子決済の急拡大が寄与
日本から世界のどこに投資すればよいか、専門家インタビューなどで分析していく本連載。今回の「インド・後編」では、舞台を2000万人規模の人口を擁する商都ムンバイに移し、経済分析をなりわいとする2氏に現地経済の実情を聞く。
■電子決済の急拡大も消費に寄与
1人目はインドに勤務して7年が経過した大和キャピタル・マーケッツインディアの小西健太郎社長だ。「インド経済は加速しており、雇用は潤沢。特に若い世代は英語や経済のデジタル化など変化への対応が速く、好況の原動力になっている」と語る。
――インド経済の見通しをどうとらえているか。
「インドは中長期的に消費が経済をけん引する構図だ。国民の平均年齢が25歳程度と若く、生産年齢人口の伸び余地が大きい。『高成長で若い』という経済は主要国でも類を見ず、成長期待を支えている。実質GDP(国内総生産)成長率は8%程度の高い水準の達成が可能とみており、2019年は昨年来の経済改革の恩恵が表れ、9%に届く可能性もある。加えて、清廉さが売りのモディ政権が『経済第一』を掲げて経済改革を本格的に進めている。これまでにない勢いで経済の透明化が進む可能性がある」
――具体的にはどんな施策が展開されているのか。
「第1に16年11月に実施された高額紙幣の廃止(Demonetization)だ。紙幣の全流通量の86%に当たる1000ルピー、500ルピー札を無効化した。この影響で、不動産や宝飾品、ぜいたく品の消費は落ち込んでいる。ただ中長期的には良い影響が出るとみている。この政策は賄賂などブラックマネーの排除を狙ったもので、税務申告に、日本でいう『マイナンバー』に当たる『Aadhaarナンバー』の提示が義務付けられた」
「さらに電子マネーを中心としたデジタル経済(キャッシュレス社会)への移行が加速している点に注目したい。デビットカードの決済は16年10月~17年1月の約4カ月だけでそれ以前の2.2倍の4900億ルピーに達しており、クレジットカードの伸び(1.1倍の3271億ルピー)を大きく上回った。政府系ガソリンスタンドや列車定期券の購入、有料道路、国営保険会社への保険料支払いなどについて『電子決済による割引』を設けており、若い層を主体とするインド人が電子決済へ切り替えている。高齢者の比率が高い日本よりこの辺の変化のスピードはかなり速いと思う」
――大きな税制改革もあった。
「その通り。第2のポイントが、今年7月に導入された物品サービス税(GST)だ。これまで州ごとに異なる間接税をかけていたのを統一した。日本にいるとイメージが湧きにくいが、インドでは州ごとに言語も文化も異なり、税率まで異なる。そのため州境では役人による賄賂も横行していた。GSTは税を統一化することで国内物流を効率化させるだけでなく、こうした賄賂を減らす効果も期待できる」
――実際にムンバイに住み、人々の変化をどう感じているか。
「モディ政権に変わってから、経済重視の路線にシフトしてきたと実感する。インドは州ごとに言語が異なる国家で公用語の一つである英語を話せない人も多いが、20~30歳代の英語通用度は高い。スマートフォン(スマホ)もかなりのスピードで普及している。身分制度の『カースト制度』は残っているが、企業は階層を気にしていると思うように人材が採れないので、募集広告で『カースト不問』をうたうほど、採用条件が緩んでいる。収入を増やす目的で転職を繰り返す人も多い。町にたむろしている『仕事をしているかどうか不明の男性』は、モディ政権前に比べイメージ的には半減している」
――年初からインド株式市場は上昇続きだ。どのような銘柄が注目に値するか。
「銀行や消費、インフラなど内需関連株が望ましい。外需株に比べ、インドの内需成長による果実を直接受け取ることが可能だからだ。ただインド政府は外国人の金融取引に厳しい規制をかけており、現物株の売買は困難。米国預託証券(ADR)などなら売買可能だが、本国の株価と異なる可能性もある。日本の個人投資家なら、内需株を多く組み込んだ投資信託を選択するのが現実的だろう」
■中長期的な成長トレンドを維持
2人目はインドの格付け会社クリシルのダルマキルティ・ジョシ チーフエコノミストだ。インドの政府や中央銀行の政策にも関与した経験があり、新聞や電子メディアでも経済の見解を語る大物エコノミストである。
――18年にかけてのインド経済をどうみるか。
「インド経済はとても良い成長を遂げている。高額紙幣の廃止による一時的な経済後退があったにもかかわらず、17年度は前年度比で0.3ポイント高い7.4%成長を実現しそうだ。低インフレや財政赤字が安全な領域で推移していること、通貨ルピーの安定などが経済成長を支えている」
「消費が経済成長の要だ。経済成長率を見る上で重要なモンスーン(夏の季節風による雨期)は平年並みの降雨量となりそうで、インフレ率は低位にとどまりそうだ。インド準備銀行(中央銀行)の政策金利引き下げにより、各種金利も下がりそうだ。インドは今のところ中国のように過度な借り入れ、信用創造に支えられているわけではない。当面は経済大国として高成長が続くとみている」
――モディ政権の改革は実際のところどうなのか。
「モディ政権は14年の発足当初から大型政策を成功させているわけではない。16年の(破産処理期間を早めて不良債権処理の加速につなげる)『倒産法』と、今年の『GST導入』が2つの鍵となる改革だ。GSTは一時的なショックはあるかもしれないが、長期的には経済の効率性を高め、成長、インフレ、輸出、財政の面で良い影響を与える」
「ただし銀行の不良債権は増える一方、GDPに占める投資の比率は低下する傾向にある。この傾向を変えなければ持続的な成長は見込めない。中小の起業家への支援策も必要だ」
――高額紙幣廃止の政策効果についてはどうか。
「高額紙幣廃止の影響で商品をより安い価格で売る傾向が強まり、食品を中心としたインフレが落ち着いた。また銀行では余剰資金が膨らみ、貸出金利を一段と低下させる方向に作用している」
「電子決済も急速に広がっている。これにより消費の機会が増えればインドの財政にとってもプラスだ。電子決済を広げるには、利用者に対し追加のメリット付与が必要だ」
――日本の個人投資家へのメッセージは。
「インドは短期の循環的な成長でなく、持続的な成長トレンドを志向している。短期的には揺り戻しもあるだろうが、長期で高成長が実現しそうだ。消費に支えられた経済であり、人口構成も景気に良い影響をもたらす。インドはインフラ需要が旺盛で、日本を含めた海外の投資マネーを期待している。同時に海外投資家のリスクを減らすよう、手続きを踏んでいる。インドと日本は良いパートナーになり得ると思う」
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記者にとってインドとの出合いといえば、日本でも公開され静かなブームを呼んだ映画『ムトゥ 踊るマハラジャ』(1995)だ。名優ラジニカーントが演じる主人公は大地主の召使。ヒロインを救い馬車で悪党の大群を振り切り、ようやく別の州にたどり着く。ところが住民に話しかけても言葉が通じない。大国インドは人であふれ、身分制度が厳然としてあり、しかも言語が地域によってばらばらであることを実感した。
インド経済は変化が激しい。その中で特に今、注目されているのはお金のやり取りの変化だ。今回インタビューしたムンバイの2氏は共通して、昨年後半以降の電子決済の急速な進展を指摘した。
高額紙幣の廃止により、商店はお釣りとなる小額紙幣をたくさん用意する必要がなくなった。そこへ政府が電子決済への移行を推進する方針を掲げ、「Paytm」などの電子マネー決済が高級店から露店、地方に至るまで急速に広がった。スマホをかざして食べ物や医薬品などの生活必需品を買う姿は、今や当たり前だという。今年に入り、政府主導でQRコードや指紋、光彩などの生体認証による決済の導入も相次ぎ発表されている。
ただし銀行口座を持たない人も多いインドで、支払いと銀行口座のひも付けはこれから。決済システムにも未熟な側面がある。とはいえ若年層主体のインドで、便利な決済手段を素早く受け入れるスピード感は日本の比ではない。
ばらばらだったインドの各州の交通・物流も変わりつつある。高速鉄道や道路網も整備されつつあったところへ今年7月、統一的な関税であるGSTが導入された。物流が活発になれば消費は一層喚起される。州をまたいだ文化の交流も急速に進むだろう。
日本の個人投資家がインド株を手掛けるには事実上、運用手段を投信に限らざるを得ない。ただ、多少の信託報酬を支払っても成長の果実には期待できそうだ。8月に入りインドの株価指数はやや軟調だが、中長期の経済成長はこれから。若年人口であふれるインド経済の変化からは目が離せない。
(マネー報道部 南毅)
