中田新監督の宣言に覚悟決めた宮下遥
© photograph by AFLO リオ五輪は涙で終えた宮下遥。日本女子バレーの新スタイル確立のためにも、セッターの力は絶対不可欠だ。
中田久美新監督が率いるバレーボールの全日本女子がまもなく初陣を迎える。
注目は、かつて自身も全日本の司令塔として1984年ロサンゼルス五輪銅メダルを獲得するなど一時代を築いた中田監督が、どのセッターを軸としてチームを作っていくのかということだ。
7月7日に開幕するワールドグランプリに登録されたセッターは、上尾メディックスの冨永こよみ、日立リヴァーレの佐藤美弥、岡山シーガルズの宮下遥の3人。その中では最年少の22歳ながら、全日本でのキャリアも自覚も現時点で最も先を行っているのが宮下だ。
宮下は中学時代、史上最年少の15歳2カ月でV・プレミアリーグにデビュー。2013年、18歳で初めて全日本のコートに立った。その後は毎年選出され、昨年のリオデジャネイロ五輪にも出場した。
「鳥肌が立ちました」という新監督の宣言。
2020年東京五輪に向けたチームが始動するにあたり、今年度の登録メンバー全員の前で、中田監督は熱くこう語りかけたという。
「日本でオリンピックが開催されるということ自体が、本当に本当に本当に本当に、すごいこと。もう4年を切っているけれど、これから私たちが取りかかることは国家プロジェクトです。だから生半可な、中途半端な気持ちじゃあ済まされない」
指揮官のその言葉に、「鳥肌が立ちました」と宮下は言う。
「国家プロジェクトって聞いた時は、これはもう失敗できねーなーって(苦笑)。怖いというか、もう広すぎて、大きすぎて、全然想像がつかない……。でも東京五輪に向けて頑張れる人って限られていますし、その中で挑戦する権利が私にもあるので、それを最初から捨ててしまうのは、やっぱり選んでくれた人や応援してくれる人に申し訳ないし、何より一番、自分のためにならないと思う。だから、未知すぎるけど、『やるだけやってみるか』となりました」
リオ五輪までの4年の間に、日の丸の重みや五輪に関わるプレッシャーを嫌というほど味わい、怖さを知る宮下だからこそ、「国家プロジェクト」という言葉がリアルに突き刺さった。
リオ五輪をかけた最終予選が宮下を強くした。
「命が何個あっても足りないんじゃないかっていうぐらい、きつかった」
宮下がそう振り返るのは、昨年5月に行われたリオ五輪世界最終予選である。五輪出場は当たり前のように思われていた全日本女子が、大苦戦した大会だった。
初戦のペルー、2戦目のカザフスタンには勝利したが、3戦目で韓国にセットカウント1-3で敗れて苦しくなった。ヨーロッパの強豪イタリア、オランダとの対戦を大会終盤に残している日本にとって、続くタイ戦は絶対に勝たなければならない試合だったが、フルセットとなり、第5セットは6-12とリードされ絶体絶命のピンチだった。
それでも宮下のサービスエースなどで追い上げ、辛くも逆転勝利で踏みとどまった。そして第5戦のイタリア戦は、エースの木村沙織が爆発。フルセットで敗れたが2セットを取って勝ち点1を獲得し、リオ五輪の出場権を手にした。
「大会期間もですけど、大会までもすごく苦しかった。『切符を獲れなかったらどうしよう』とか、『でも獲るためにやらなきゃ』とか、いろんな思いがある中でずっと過ごしていました。ずっと崖っぷちだったので、本当はダメなんですけど、切符を獲れた時はほっとしたどころじゃなくて、達成感がはんぱじゃなかったです」
その経験を自分の力に変えられていないもどかしさ。
最終予選の経験は宮下を確実に強くしたはずだ。しかし宮下自身はその変化を自覚できず、もどかしさを抱えている。
「ああいうすごい経験をさせてもらって、自分の中でも乗り越えられたという思いはあるんですけど、正直、それがここにつながっているな、ここに活きているなというのがない。活かさなきゃいけないのはわかっているのに、どういうふうに活かしたらいいのか……。何を言うことが、どういう行動をすることが、経験を後輩に伝えることなのか、わからないんです。それがちゃんとできていたら、シーガルズがああいう結果にはならなかったと思うんですけど……」
岡山シーガルズは2016-17V・プレミアリーグで7位に沈み、チャレンジマッチ(入替戦)で敗れてV・チャレンジリーグIに降格となった。宮下はその責任を背負い込んでいる。今季の全日本が、宮下にとって、積み上げてきた経験をアウトプットする方法をつかむ場にもなればいいのだが。
“スピード”はセッターだけの責任ではない。
中田監督は、全日本で目指すものの1つに“スピード”を挙げた。
眞鍋政義前監督時代にも、宮下は速いトスを求められ、スパイカーとのコンビに苦労していたため、またもスピードがストレスになるのではないかと気がかりだったが、宮下は「今のところ苦もなくやれています」と明るかった。
「スピーディーに、コンパクトに、テンポよく、というところは今、セッターだけじゃなく全員が取り組んでいるところです。もちろんトスもそうなんですけど、1本目のパス(返球)からテンポよくというのを、みんな高い意識を持ってやっています」
サーブレシーブなどの返球を高く上げるのではなく、コンパクトにセッターに返して瞬く間に攻撃し、相手に余裕を与えないことを目指している。
「スピードと言っても全部セッターにかかってくるわけじゃなくて、久美さんも『パス!』、『パス!』とよく言いますし、1本目をすごく大事にされているというのはセッターとしても感じます。所属チームによっては、1本目は高く上げると決めているチームもあるので慣れていない人もいて、1本目に触る人はすごく大変そうですけど、トスについては、それほど速く速くと言われることはまだないですね」
チームの方針に納得し、ストレスなくバレーに取り組めている様子がうかがえた。
迷いなく進むことで、宮下はさらに一段上の選手へ。
試合に集中すると高い身体能力や並外れた勝負根性を発揮する宮下だが、頑固で一途な一面があるため、納得できないことや、自分が信じてやってきたこととは異なることを、すんなりとは受け入れられないところがある。そうして心のどこかに引っかかりがあると、プレーも表情も乗り切らない。過去4年の全日本では、そのせいで停滞した時期もあった。
しかし、宮下と同じように10代から全日本の司令塔を務めた経験があり、選手と徹底的に向き合う中田監督なら、宮下の納得がいくまでとことん話し合いながら進んでいくことだろう。そうした意味では、宮下の能力をこれまで以上に開花させるかもしれないと、期待は膨らむ。
