高校野球「元プロ」指導者の問題とは

2015年夏の甲子園を前に指導する山本監督(右)。ユニークな経歴で裏打ちされた経験は、激戦区の大阪でも異彩を放つ。 © photograph by Kyodo News 2015年夏の甲子園を前に指導する山本監督(右)。ユニークな経歴で裏打ちされた経験は、激戦区の大阪でも異彩を放つ。

 今夏の甲子園を占う各地区大会の予選展望が各雑誌でピークを迎えている。

 どこも“清宮、清宮、清宮”と大きく取り上げる一方、最近の特集で必ず取り上げられるのが、元プロの指導者の存在である。

 プロ野球出身の監督は、年々増えてきている。

 日本の野球界にはプロ・アマ規定というルールがいまだ存在している。プロとアマは交流してはいけないという断絶の歴史があり、プロ経験者は高校球児を指導できなかった。

 これは、元プロ野球選手の再就職先が限られるという問題だけではなく、様々な経験をした人物の知識や財産を、野球界全体に還元できないという損失を生んでいた。

「本来は、指導者が学ぶ機関を作るべきだと思う」

 だがこの流れを変えるため、1984年に「10年の教諭経験」という条件付きで道が開かれる。10年後の1994年には「5年の教諭経験」、1997年に2年と期間が短縮された。そして、現在はプロ・アマ合同の「学生野球資格回復制度研修会」を受講すれば、学生指導の権利を得られる。

 かつての規制の網が張り巡らされていた時代を考えれば、大きな進歩である。

 とはいえ、新たな問題が発生しているのもまた事実。それは元プロの指導者が、指導力があるのかという問題だ。

「本来は、指導者が学ぶ機関を作るべきだと僕は思いますね」

 そう語っていたのは大阪偕星の山本皙(やまもと・せき)監督だ。山本は韓国プロ野球に1年だけ在籍した経験があり、プロ・アマ規定に引っ掛かった。だがプロを引退後、語学力を生かして英語教員となると、2年の教諭経験を経て2002年に倉敷高校の監督に就任。現在は大阪偕星学園で指揮を取り、2015年夏には同校を甲子園初出場に導いている。

高校野球でコーチを務めてから韓国プロ野球を経験。

 岡山県出身の山本は津山商、大阪学院大を経て、一度は選手としての生活を終えている。その後、尽誠学園にコーチとして赴任し、野球の本質を学んだという。

「尽誠学園に行って、野球を初めて知りました。大学まで自分で野球をしていましたけど、今思えば全くのド素人でしたね。尽誠学園では、投球フォームやフォーメーション、バイオメカニクスまで、すべて論理的に指導を受けました。そこで、勉強をすることの大事さを知りました」

 当時のスタッフからたくさんのことを学び、生徒に教え、自身も実践してみる。すると山本の中で、現役に対する未練が再び大きくなっていった。

 その思いから一念発起し、ついにはプロテストを受けた。

 日本の球団で一軍キャンプ参加までは実現したが入団には至らず、最終的に韓国のプロに入団を果たした。春のスプリングトレーニングでは、ピッツバーグ・パイレーツとの合同キャンプにも参加した。

「アメリカでの経験も大きかったですね。肩や肘の使い方などが勉強になりましたね。例えば、向こうではトレーナーがシーズンオフに整形外科医たちと一緒になって活動します。身体への意識が全然違いました。今は日本人もメジャーに行くようになって変わりつつありますけど、当時は遅れているなと感じました。僕はトレーナーとよく話をさせてもらって、トレーニング理論がしっかりしていることに驚きましたね」

“元プロ”という肩書がすごいのではなく……。

 とはいえ山本は、“元プロだからすごい”というわけではない。むしろプロとしての彼は特に実績を残したわけではなく、尽誠学園での指導歴と韓国プロでの経験を積み重ねてきたからこそ、である。また「高野連の国際親善試合に、通訳で参加してアメリカチームに入っていたこともある」と話しており、これも山本にとっての財産だ。

 つまり元プロという肩書自体が大切なのではなく、野球人として貴重な経験をしてきたことこそが大事なのである。それが経験に裏打ちされた言葉を生み出し、野球の醍醐味を伝える作業につながる。

頭の中で論理立てて実証できていないコーチも。

 山本は、こんな面白いことを話している。

「多くの人は『元プロ野球選手だから野球に詳しい』と思い込んでいますけど、指導者として優れているかどうかは別の問題だと思います。それは日本で多い勘違いだと思います。『元プロ野球選手だ、すごい!』と信じ込んじゃうでしょう。でも、ある人は正しくないことを教えているかもしれない。指導者が誰であれ、勉強して、研修して、人として人間性を試される場所が必要だと思う」

「僕がプロテストを受けたときに、長らくプロでコーチをされていた高畠(導宏)さんと知り合い、教えてもらったことがあります。バッティングで“ヒッチする(打撃フォームに入る前にグリップを上下させること)”クセがある選手に対して、有名なバッターだったあるコーチが“ヒッチするな”と教えている、と。でも選手は、『その人は現役時代、ヒッチしていた選手だったんだ』と言っていたそうです。コーチが、自身の持っていた技術について、頭の中で論理立てて実証できていない。つまり、自分のイメージだけで指導しているケースが多いんだ、と」

 技術力は高い。けれども、論理的に技術を伝えることができなければ、人に教えることはできない。フォームなどで「身体が開く」という表現はよく使われるが、指導者ならば、何が原因で身体が開いていて、どうすればそれは直せるのか、そしてそのためにどのような練習が適しているのかを提示しなければならない。

 つまり「開くな」、「ヒッチするな」というのは感想であって、指導ではないのだ。

アーム式投球改善ひとつをとっても、根拠がある。

 山本の場合、前任校から一貫してアーム式の投球フォームを修正する指導に取り組んでいる。自身の経験からアーム式ではなく、肘をしっかりと使える投げ方を習得することで、野球が楽しくなると感じているからだ。

「僕は前任校にいた時から、アーム式(肘をあまり曲げずに投げるフォーム)のピッチャーを直してきました。尽誠学園とアメリカで学んだ手法を自分なりに取り入れたのですが、肘を使えないアーム式の投げ方をしていたら、野球が楽しくないんですよ。肘が使えて、ボールが指に掛ってパチンと音がする。それを体験できるようになったら本当に野球が楽しくなる。アーム式で150km近くの球を投げるって凄い才能なんですよ。肘を使わずにそれだけ投げられるわけですから。でもケガしやすいから、長く野球は続けられないんです」

「学生野球資格回復制度研修会」を受講してみた。

 筆者は昨年12月、東京で開催された元プロ野球選手のための「学生野球資格回復制度研修会」の3日のうち、2日間に受講に近い形で参加した。

 2日間の講習で感じられたのは、元プロ指導者が、学生を指導する現場に立つ夢が叶った時に戸惑うことがないよう、高校野球指導のために必要な知識を説明しようという高野連の意図だった。そこには過去にプロ・アマ断絶の歴史は感じられず、日本の野球界をよりよくしていこうという姿勢が感じられた。

 しかしそれに加えて、今の野球界がさらなる進歩を生んでいくために、もう一歩の改革を進めていかなければいけない。

 それが山本のいう、指導者の育成機関だ。

中田翔キラーだった投手も勉強したいと意欲を持つが。

 研修会では、懐かしい顔にも会うことができた。元ロッテの左腕投手、植松優友だ。

 金光大阪高校時代、中田翔(日本ハム)キラーとして知られ、夏の甲子園にも出場している。'07年の高校生ドラフト3位で日本ハムに入団したが、プロでの登板は2試合のみで'15年に引退していた。研修会に参加しているということは、指導に興味があるということかと、少し話を聞いてみた。

「いろんなことを今は知りたいなと思います。野球を小さい頃からやってきたので、ボールをどうやって投げるとか、身体の使い方は分かる。それについては教えられますけど、それ以外のことをもっと勉強したいと思っているんです」

 残念なのは彼が持つ向上心に応えられる、勉強のための機会があまりないという事実だ。彼ほどの実績では、プロ球団のコーチになることは簡単ではない。かといって高校野球に身を転じても、体系だった野球の指導法を学ぶ機会がないまま、結局は経験則だけで教えることになるというのが現実だ。

 日本の野球界は、指導者をいかに育てていくのか。それに応える指導者育成機関の設立こそ、次なる大きな課題のような気がする。

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