シェール革命が生んだ意外な成長産業
リオデジャネイロで親がプラスチック容器に入ったベビーフードを買う時、彼らは米国のシェール革命のひとかけらを家に持ち帰ることになる。
シェールブームはこの10年間で米国の石油・天然ガスの生産量を57%以上も増やした。これにより、米化学大手ダウ・ケミカルが製造する小さなプラスチックペレットの主原料の価格も低下した。そうしたペレットの一部はブラジルに輸出され、ピューレ状の果物や野菜を詰めるプラスチックのパウチに再形成される。
ダウ・ケミカルが向こう1年間でメキシコ湾岸を中心とした米国の石油化学工場の新設や拡張工事(80億ドル規模)を完了させれば、その輸出量は大幅に増えることになる。石化業界は過去数十年で最大の変革を経験しているのだ。
同業界の投資規模には驚くべきものがある。米化学工業協会(ACC)によると、建設中あるいは計画段階にある米国の新規石油化学プロジェクトは総額1850億ドル。米国勢調査局によると、昨年の化学工場への投資額は米国製造業の設備投資額全体の約半分を占め、2009年の20%未満から急拡大している。
中間層の増加で拡大する需要
米エクソンモービル、英蘭系ロイヤル・ダッチ・シェルとなどの大手石油会社は、シェール革命による安価な副産物の活用で競っている。各社は世界で急速に増える中間層によって購入されるスマートフォンやシャンプーのボトルなど、プラスチック製品の原料を製造する石油化学部門を拡大している。
ダウ・ケミカルのアンドリュー・リバリス最高経営責任者(CEO)は米国での生産が伸びていることに関して、「製造業に原料を供給する生産国の地球的バランスに構造的転換が起きている」と述べた。同社は向こう5年間のいくつかのプロジェクトに40億ドルを投資するなど、米国内の生産拡大に向けた取り組みをさらに強化しようとしている。
石油会社は米国内に新たな石油化学プロジェクト――ACCによると全部で310にもなるという――を立ち上げることに躍起になっている。というのも、電気自動車やライドシェアなどによって輸送燃料の需要がピークに達する時期が不透明な一方で、プラスチックに対する世界の需要は数十年にわたって増加すると見込まれているからだ。
業界の分析では、プラスチック需要は世界全体の国内総生産(GDP)成長率の少なくとも1.5~2倍で伸びるとみられている。理論的には、石油化学は相対的に安全な化石燃料投資の1つということになる。ただ、米国産プラスチックの利益率の持続可能性については懐疑的な向きもある。
エコノミストは、そうした新たな投資によって米国がプラスチックの輸出大国となり、貿易赤字は減少すると主張する。ACCは石油化学業界が2025年までに米国のGDPを2940億ドル押し上げ、直接的・間接的に46万2000人の雇用を創出すると予想している。一方でアナリストらは、工場での直的雇用に関して自動化のせいで制限されるだろうとみている。
エネルギー企業にとって石油化学工場の新設・拡大は、これまであまり利用価値がなかった副産物の新たな市場が生まれることを意味する。向こう数年で石油化学品の需要が急増すれば、掘削業者の利益率が高まる可能性がある。
石油化学会社はシェール油田の開発により、最大のコストである原材料価格が数年にわたって低く維持されると見込んでいる。そうなれば結果的に、プラスチックに加えて肥料、接着剤、溶剤なども含む米国の石油化学製品の輸出額は、昨年の170億ドルから2027年には1100億ドルにまで成長するだろうと調査会社IHSマークイットはみている。その金額は現在のサウジアラビアの年間石油輸出額に近い。
エクソンは4月、サウジアラビア基礎産業公社(SABIC)と共同でテキサス州コーパスクリスティの近くに93億ドル規模の石油化学コンビナートを建設すると発表した。世界最大規模となるそのコンビナートは2012年に完成し、プラスチックの主成分であるエチレンを年間180万トン生産することになるという。
エクソン化学部門の責任者ニール・チャップマン氏は「これを賭けだとは考えていない」と述べた。同社はメキシコ湾岸の一連のプロジェクトに総額200億ドルを投資している。
ダウ・ケミカルがテキサス州フリーポートに持つ工場は、年内に予定されるフル稼働になると年間150万トンのエチレンを生産する。同社は米国で生産したプラスチックの少なくとも20%を輸出する予定で、機が熟した市場として特に中南米を狙っている。
同社はベビーフードのプラスチック容器事業がブラジルで大きく成長するとみている。というのも、2015年の世界保健機関(WHO)の調査で、キャリア志向を強めているブラジル人女性は時間の節約になる調理済みベビーフードを選好していることが明らかになったからだ。WHOによると、ブラジルの軟質・硬質プラスチック容器の売上高は年間約10%の伸びが予想されている。
ダウ・ケミカル南米プラスチック部門のバイスプレジデント、パロマ・アロンソ氏は「人口増加、中間層の増加、活動的なライフスタイルはわれわれに有利に働いている」と話す。「メキシコ湾岸での投資はわれわれにとってまさに必要不可欠だ」
エチレン生産能力は50%増へ
そうした米国での投資がリスクと無縁というわけではない。米国の石油化学工場は、天然ガスと価格が連動しているエタンを主原料としている。一方でアジアや欧州の石油化学工場の主原料は原油から作られるナフサだ。
エタンの価格は米国で天然ガス価格が下落した2009年に下がり、ナフサの価格は原油価格が1バレル=100ドル以上に急騰した2011年に上昇した。その後、原油価格が50ドル以下に下落したのを受け、ナフサを原料にする企業の競争力は高まっている。天然ガスの価格も過去最低水準で推移しているが、新たなエタン需要の高まりで上昇する可能性もある。
コンサルティング大手アクセンチュアで化学セクターを専門とするポール・ビヤック氏は、利益率が縮小すれば小規模な企業やプライベートエクイティ投資会社は2巡目の投資から手を引くかもしれないが、大手は投資を継続するだろうと指摘する。
「以前の驚くほどの水準ではないが、利益率はまだ十分に高い」と同氏は言う。
エタンやブタン、プロパンなど、石油と天然ガスの副生成物は過熱蒸気で分子を分解する「スチームクラッカー」と呼ばれる巨大な加熱炉に送られる。エタンはより小さな分子のエチレンに分解される。エチレンの大半はポリエチレンと呼ばれるプラスチックを作るのに使われ、ペレットに成形される。
こうした大量の米国産ペレットは25キロずつ袋詰めにされ、貨物船で世界中の工場に運ばれ、そこで溶かされてからプラスチック製品となる。
エネルギーを専門とするコンサルティング会社PCIウッドマッケンジーは、米国の化学業界のエチレン生産能力が10年後には50%増加すると見積もっている。
ウッドマッケンジーによると、2016年の世界のエチレン消費量は1億4700万トン以上で、2023年の世界需要を満たすには1億8600万トン以上が必要になるという。
中国の国内需要はすでに米国の2倍に上る。今後も年率6%成長が見込まれるなか、中国は需要を満たすための新たなプラスチック工場の建設を急いでいる。
米石油化学産業の好況は、ほんの10年前と比べても大逆転と言える。1990年代には米国のプロジェクトに大きく投資していたエチレン業界だが、2000年代には投資を大幅に削減した。
当時、原材料の安さや製造業拠点との近さから化学会社は中東やアジアの大型プロジェクトに投資した。2009年に世界金融危機の影響が広がると、プラスチック需要は低下し、業界を取り巻く環境はさらに厳しくなった。
2008年と翌09年にはメキシコ湾岸にあった工場が相次いで閉鎖した。ダウ・ケミカルだけでもメキシコ湾岸で工場6カ所を閉鎖し、世界で5000人の従業員を削減した。米石油大手シェブロンと石油精製大手フィリップス66のジョイントベンチャー、シェブロン・フィリップス・ケミカルは一時的に2つの工場を閉鎖し、他の工場の生産能力も下げた。オランダのライオンデル・バセルはテキサス州チョコレートバイユーの工場を閉鎖し、米国で米連邦破産法11条の適用を申請した。
PCIウッドマッケンジーの石油化学コンサルタント、スティーブ・ジンガー氏は「死んではいないが成長もしないという感じで、業界はかなり内向き思考になっていた」と当時を振り返る。
競合との差別化のカギは?
そこにフラッキング革命が訪れた。2010年までには、米国の掘削業者は水平掘削や水圧破砕といった技術を利用し、頁岩(シェール)層に閉じ込められた原油や天然ガスを抽出するようになった。調査会社RBNエナジーによると、米国の天然ガス副産物は2008年の日量200万バレルから2016年には同370万バレル以上に急成長した。
シェール油田開発の長期的展望には不透明な部分があったことから、石油化学業界の反応は遅かった。石油化学企業は当初、既存の米国工場に生産能力を追加するためだけの投資を行った。工場を新設し始めたのは2012年のことだった。
シェブロン・フィリップスが年内に稼働させるテキサス州ベイタウンの新工場には、年間150万トンのエチレンを生産する能力がある。フットボール競技場44面分の広さがある同工場には563キロにも及ぶパイプ、4万トンの鋼材、14万トンのコンクリートが使われ、完成には4年を要した。
同社のプロジェクト担当上級副社長、ロン・コーン氏は「取締役会に米国での成長は見込めないと言ったことがあったが、2010年には状況が変わっているということに気付いた」と振り返る。「もちろん、投資を決めてもその工場が稼働するまで5年は待つことになるのだが」
シェブロン・フィリップスにとって最大の課題は、プラスチックペレットの製造で利益を確保することではない。大混雑したメキシコ湾岸からそれを市場に届けることだ。
同社は輸送コンテナが不足しているヒューストン港を避け、ペレットの多くを一旦テキサス州北部フォートワースに運ぶため、鉄道の貨物車両2750両を確保した。ペレットはそこからまた鉄道でカリフォルニア州ロングビーチやサウスカロライナ州チャールストンに運ばれ、それぞれの港からアジアや南米に輸出されることになる。
「この業界ではどの企業も同じタイミングで同じ名案を思い付く」とコーン副社長は指摘する。「物流で上回れば競争に勝てるのだ」
