中国タクシー革命、日本が学べる事
10年にわたってフィリピンへの訪問を続ける日本人男性の杉田清さん(仮名)は、今年9月、ルソン島でのある変化に気づいた。
「ドゥテルテ政権になってニノイ・アキノ国際空港の白タクがなくなったんです」
この国際空港では、常に客引きの白タク運転手に取り囲まれてきた杉田さんだが、最近これがなくなったと言うのだ。
その背景にあるのは、実は配車アプリの普及だった。フィリピンでは、東南アジア最大のタクシー配車アプリであるグラブタクシー(本社:マレーシア)や、ウーバー(本社:米カリフォルニア州)の利用が進んでいる。それまで遠回りやぼったくりも多かったが、「配車アプリの普及で安心して乗れるようになりました」と杉田さんは話す。
中国ではむしろ白タクの方が安心
中国では現在、滴滴出行(本社:中国北京、以下「滴滴」)のアプリが市場を席巻している。昨夏、ウーバーの中国事業を丸のみし、今や世界最大の利用者を抱える滴滴が推し進める“タクシー革命”を歓迎する声は多い。
滴滴のサービスは単にタクシーを配車するのみならず、自家用車を持つ運転手を登録させて配車するというサービスも行っている。日本では「営業用」の車両は緑ナンバーをつけ、運転手も二種免許を取得する規定があるため、自家用車での営業は「違法白タク行為」に当たる。だが、中国ではむしろこの“白タク”こそが人気なのだ。
「日本では白タクって毛嫌いされているけど、上海ではとてもいいサービスです」と話すのは、上海在住歴20年超の梶本瑠美さん(仮名)だ。梶本さんはここ数年、タクシーは利用せずに、白タクを利用しているという。その理由を次のように話す。
「タクシーより白タクの方が安いんです。タクシーなら20元かかる距離でも“白タク”なら14元で行けます。アプリで採点されてしまうので、運転手の態度もいいし。何より車内がタバコ臭くない。白タクは自分のクルマだから車内の手入れが行き届いて気持ちがいいんです。それこそ、滴滴アプリで正規のタクシーを呼ぶ人なんて、もういないのではないでしょうか」
アプリを使って呼ぶ白タクは「履歴も出るので安心」だとも。「飲んで帰ってクルマで寝ていても遠回りはしないし、万が一、遠回りされても、精算時のアプリ画面に『予想より高額になったが払う意思はあるか』という確認画面が出てくるので、互いに納得ずくで決済ができるんです」(同)というのも、このサービスが歓迎される理由だ。中国では利用者が“ぼったくりタクシー”に散々泣かされてきただけに、アプリ利用の支持率は高い。
ちなみに、梶本さんはこのサービスを「白タクではない」と言い切る。滴滴という企業に登録され、アプリによってしっかり管理された“新しいサービス”だと受け止めているわけだ。
ウーバーは台湾で“サービス改善”に貢献
台湾では、過去4年にわたってウーバーがサービスの提供を続けてきた。一般人でも申請すれば、ウーバーの運転手として配車アプリを使った営業ができた。
その一方で今年1月、台湾当局は「公路法」(日本の道路交通法に相当)を改正し、ウーバーの違法行為に11億台湾ドル(3500万米ドルに相当)を科すことでウーバーの追い出しを図った。台湾におけるウーバーの急進撃にはタクシー業界の反発も大きく、2月にはタクシー運転手たちが台湾交通部の前で座り込みを断行し、ウーバーはやむなく業務を一時停止した。
ところが、その2ヵ月後、ウーバーは再び台湾に戻ってきた。それまで反対の立場をとってきた台北市タクシー同業組合も「合法的に納税するなら」と態度を変えたためだ。営業停止の2ヵ月間に水面下でどんな交渉が行われたのはさておき、興味深いのは既存のタクシー業界の変化である。
「台北市を走る“流し”のタクシーの変化は目を見張るものがある」と話すのは、同市出身の陳素芳さん(仮名)だ。
「一番大きな変化といえば、運転手の態度です。もともと市内のタクシーは運転手の横柄な態度が問題になっていて、利用者はいつもハラハラしながら乗っていました。短距離になればなおのこと気を使うのですが、先日、『短距離で申しわけない』と言ったところ、『これも私たちの仕事ですから』と返ってきたのです。これは信じられない変化です」
陳さんによれば、もともと台湾のタクシー料金は初乗り70台湾元(日本円で210円相当)と、料金的には合理的だと受け止められていた。また供給量も不足しておらず、携帯や無線で呼べる上、ネットワークもしっかりしていた。利用者は既存のタクシー業界にほとんど不便を感じていなかったが、唯一、受け入れにくいのは「運転手の態度」だった。
それがウーバーの参入で競争が激化し、既存のタクシー業界もいよいよサービス改善に向けた努力を始めた、というわけだ。
ウーバーは日本で普及するのか
配車アプリは少なくともその国、その地域の「不便」や「不足」に“革命”をもたらすものだと言える。ウーバーのお膝元であるカリフォルニアで普及したのは、鉄道が発達していないためだ。だとすれば、すでに交通インフラが成熟した日本ではこうした事例のようなウーバーの活躍は期待できない。
では、日本では何が不足しているのだろうか。最大の「不足」は何と言っても「過疎地の公共交通」だろう。利用者が減少する過疎地において公共交通の維持が困難になる中、いかに住民の足を確保するかは過去10年来の課題だ。
そんな中で脚光を浴びた取り組みのひとつが、京丹後市の中の丹後町域での、ウーバーアプリのICTシステムを活用した配車サービスの取り組みだ。
2016年5月からスタートした「ささえ合い交通」は、法廷要件を備えた運転手と登録済みの自家用車が、交通空白地域での住民の移動を各段に向上させた。従来のコミュニティーバスは「丹後町域しか走行できない」「隔日の利用しかできない」など、乗車できる曜日や地域が限られていたが、ウーバーのシステムで365日、丹後町域から京丹後市内のどこにでも行けるようになった。
「ささえ合い交通」を運営するNPO法人「気張る!ふるさと丹後町」で専務理事(運行管理者)を務める東和彦さんは、次のようにコメントしている。
「毎日の運行に、行政の助成金(税金)が入っていないことから考えると、地域における永続可能な“究極の公共交通”の一つだと言っても差し支えないのではないでしょうか」
日本では2006年から、NPO法人や社会福祉協議会が地域住民に提供する運送サービス「公共交通空白地有償輸送」が始まった。国土交通省によれば、2016年3月現在、この運送サービスを行っている市町村は433ヵ所、NPOは99ヵ所を数える。
地域の実情に合わせたその取り組みは、実にさまざまだ。複数あるバス事業者を統合し効率化を図る、スクールバスの機能をタクシー事業者が担う、あるいは既存のスクールバスに人と貨物を混載するなど、公共交通の選択肢は決して一つではない。
ウーバーもまた、選択肢の一つにすぎない。「ウーバーいらず」で済ますこともできれば、規制をクリアしながら、既存の交通手段とウーバーのICTを併用させることもできる。興味深いのは、「ささえ合い交通」でクレジットしか受け付けなかったウーバーが、現金決済も受け付けるようになった点だ。
ウーバーのサービスは、既存モデルの押しつけではなく、むしろよりローカライズされていく可能性がある。ウーバーは単なるアプリにすぎない。「それをどう使いこなすか」は地域の住民次第なのではないだろうか。
(ジャーナリスト 姫田小夏)