飛騨牛絶好調、歓迎しない地元民
飛騨牛レトルトカレーが軒並み値上げ
昨年、岐阜県への出張の帰途に、売店でレトルトの「飛騨牛カレー」を買った。厚切りの飛騨牛が5枚も横たわっている画像のパッケージ、1箱670円に期待は高まる。帰宅後、温めて食べようと開封すると、中から出てきたのは、小指の先にも満たない5つの小さなカケラだった。
さすがにショックで、販売元に「誇大表示では」と電話をした。すると、飛騨地方の販売元は「調理の過程で肉がとけてしまった可能性がある」と言う。「もも肉を使えればいくらかマシだが」と言いつつ、内情をこう明かした。
「飛騨牛の価格はここ数年右肩上がりが続いており、採算面でとても厳しい状況なのです」
調べてみると、飛騨牛のレトルトカレーの価格は、上昇を続けていたことが分かった。売店も「2017年に入り、さらにレトルトカレーの価格が上昇した」と驚くほどだ。8種類近くある商品の中には、過去5年で600円から900円に上がったものもある。
飛騨牛の価格高騰をめぐっては、地元の宿泊施設も目を白黒させている。
「2015年8月までは100グラム500円で仕入れられたのですが、それが9月には550円になり、2016年には580円と高騰しました。飛騨高山の宿泊施設にとっても飛騨牛は呼び水であり、またどの飲食店もこれを売りにしていますが、最近はどこも仕入れにくい状況です。それどころか、卸業者ですら物が手に入らず困っています」(高山市の宿泊施設の経営者)
確かに飛騨牛の取引価格が上昇していることは、日本食肉市場卸売協会の提供する数字からも明らかだ。
岐阜市場における、A5等級の枝肉取引情報を年ごとに追っていくと、2015年から価格が急激に上がっていることがわかる。2014年1月時点の高値はキロ当たり2625円だが、2015年にはキロ当たり3164円と20%上昇、現在も高値安定が続いている。
ちなみに、インバウンドに積極的な高山市では、2011年以降、外国人観光客は年平均約37%で急増している。また、2015年を振り返れば、円安とともに、中国を中心としたアジアからの訪日客がドッと訪れた時期でもある。「爆買い」という言葉を生んだ年でもあった。
価格高騰の背景にインバウンド
需要が高まることは、畜産業の振興にもなり、また飲食業や宿泊業などのサービス業にとっても追い風になる。飛騨牛の味に対する高い評価は、地元経済の自信を深めるという意味でもいいことだ。
だが、その一方で、高まりすぎる需要がさまざまな"ひずみ"を引き起こしている。十分な流通量が確保できず、飲食や宿泊などの観光業にダメージをもたらす上に、レトルトカレーなどのような土産品にまで影響が及んでいるのだ。ひいては観光客の失望をも招いているとしたら、ゆゆしき問題である。
価格上昇の原因はどこにあるのだろうか。筆者が耳にしたのは、意外にも「インバウンドの影響だ」という声だった。
複数の旅館経営者からは「外国からのお客さんは、日本人以上に量を食べる」という声が上がり、前出のレトルトカレーの販売元も「価格上昇を突き詰めるとインバウンドだ」と指摘する。
「もちろん要因はいくつかあるのですが、中でもインバウンドが主な原因だと思っています。訪日観光客がものすごく食べているようなのです」(レトルトカレーの販売元)
飛騨牛は、牛肉を朴歯(ほおば)の葉の上で焦がした味噌に絡ませながら、一枚、また一枚と、わずかの量を味わいながら食べることに、その風流さがある。肉質は極めて柔らかく、口の中でとろけるような味わいがある飛騨牛は、バクバクと豪快に食べるような肉とは一線を画す。
他方、インバウンドツーリズムの“聖地”に成長した飛騨高山では、市街地に軒並み飛騨牛を扱う飲食店が増え、「飛騨牛寿司」や「飛騨牛バーガー」など、その食べ方も多様になった。「一度にたくさん食べたい」というニーズがあれば、それに沿うようなサービスを提供するのはごく自然な成り行きであり、外国人客の食べ方に合わせたメニューの開発も行われている。
いまや人気大爆発の飛騨牛だが、実は地元の人たちは内心これを歓迎していない。なぜなら、自分たちの食卓から、飛騨牛はすっかり遠ざかってしまったからだ。高山市内在住の50代の女性は、「飛騨牛は誕生日などの特別なときに食べる程度で、普段は口にできなくなりつつあります」と嘆く。
和牛は簡単に増やせない
ニーズがあるなら供給を増やせばいいのでは──。そう思う読者諸氏もいるだろうが、和牛の頭数を増やすことはそんな簡単ではない。
事実、飛騨牛がこれほど人気であるにもかかわらず、飛騨牛の登録農家数は減っている。2014年3月31日時点で275戸だった農家は、2017年同時点で267戸に減少した。需要に反比例する形で生産農家が減少している状況が、相場をどんどん上げていると言えるだろう。
背景にあるのはやはり高齢化だ。農業のみならず、この畜産業においても生産者の高齢化は進んでいる。後継者問題もこれといった解決策はなく、次世代への事業の継承を困難にしているのが実情だ。飛騨牛銘柄推進協議会も「牛舎建設のための資金調達はハードルが高く、生き物を相手にする仕事には休みがないという厳しさが、若い人の参加を遠ざけています」と頭を抱える。
また、国や県は、繁殖のための基盤強化に力は入れているものの、なかなかすぐには実を結ばない。供給が需要に追い付かず、結果として飛騨牛を含めて全国的な「和牛不足」という現象を生んでいる。
そうした中で、外国人の間で和牛人気は高まる一方だ。インバウンドのみならず、輸出拡大に力を入れる「アウトバウンド」の動きも出てきている。
しかし、登録農家が伸び悩む中、子牛の頭数が今後、劇的には増えるとは期待しにくい状況で、この「好調」を手放しで喜んでいいものなのだろうか。少なくともそこには、子牛の頭数を増やすようなグッドアイディアがなければならない。しかし、同協議会に尋ねても「正直、思い浮かばない」という。
超高級店でしか食べられない時代に!?
一方で、インバウンドは加速する一方だ。これから“外国人観光客4000万人時代”を迎えようという動きの中で、地元住民も警戒を隠さない。
「飛騨牛は、市内の一部の超高級店でしか食べられないという、極めて限定された商品になるかもしれません」(前出の宿泊施設の経営者)
訪日観光客の消費に、新たな活路を見出そうというのが日本の政策だが、飛騨牛に関してはすでにインバウンドによる“キャパオーバー”をもたらしてしまったようだ。外国人観光客への「おもてなし」も大事だが、生活者ありきの目線がなければ、せっかくのインバウンドも本末転倒なことになってしまう。
(ジャーナリスト 姫田小夏)
