MotoGP 日本人ライダー中上への期待
© photograph by Satoshi Endo テストでは最高の走りを見せてきた中上。あとは……MotoGPの本番でどれだけ実力を出し切れるか、にかかっている。
2018年のシーズン開幕に向けて、今月下旬からマレーシアのセパンでMotoGPクラスの公式テストが始まる。
今年の最大の注目は、2年連続4回目のタイトルを獲得した若き天才ライダーマルク・マルケス(ホンダ/24歳)の連覇を止めるのはだれなのか。そして、日本のレースファンにとっては、LCR・Hondaから日本人としては4年ぶりにフル参戦となる中上貴晶の走りとなる。
1992年2月生まれの中上はもうすぐ26歳。
10代でMoto3とMoto2を経験、20代になると同時にMotoGPクラスにスイッチしていく現在の流れとしては遅すぎるくらいだが、中上にとっていまのMotoGPクラスは、グランプリを運営統括するドルナ・スポーツの育成プログラムや同じカテゴリーで一緒に戦った同期の仲間たちがたくさんいて、精神的には楽な状況となっている。
昔からレースで戦ってきたライバルも多いMotoGP。
チャンピオンのマルケスを筆頭にティト・ラバット(28)、スコット・レディング(25)、アンドレア・イアンノーネ(28)、ブラッドリー・スミス(27)、昨年活躍するも今季病気で欠場のヨーナス・フォルガー(24)、そのほか、グランプリデビューしてからの同期としては、ヨハン・ザルコ(27)、ポル・エスパルガロ(26)、トーマス・ルティ(31)など、昔から一緒に戦ってきたライバルは多い。
対して、これまで一緒にレースを戦ったことがないライダーは、バレンティーノ・ロッシ(38)を筆頭に、ダニ・ペドロサ(32)、アンドレア・ドビツィオーゾ(31)、ホルヘ・ロレンソ(30)らのベテラン勢だけという状況で、MotoGPクラスのルーキーとはいえ、気心の知れた仲間が多いことは大きなメリットとなりそうだ。
「マルクも昔と同じように接してくれ、緊張感はない」
競い合うライダーたちの中でもっとも高い目標となるのは当然マルケスになるが、彼のことについて中上はこう語ってくれた。
「マルクはすでに4回のタイトルを獲得、MotoGPで6年目のシーズンを迎えるが、125cc時代は一緒に走っていた。
彼の印象は強烈! やんちゃでしょっちゅう転んでたけれど猛列に速かった。
今年はまた同じカテゴリーで走ることになるが、経験も実力も、想像以上に大きな差はあると思う。チャンピオンとしてのマルクは高い存在でも、彼と話しているときは10年前となにも変わらない。マルクも昔と同じように接してくれ、緊張感はないですね」
ヘレスで、ペドロサばりのタイムを叩き出した中上。
中上が初めてホンダのMotoGPマシンに乗ったのは、Moto2クラス時代の'16年シーズン終了後のスペイン・ヘレスだった。
ホンダチームの3日間の合同テストに特別参加。このテストに参加したことは公表されなかったが、このときの中上のタイムは、ホンダ・ワークスのダニ・ペドロサが同じ'16年シーズンのスペインGPでマークしたベストタイムに匹敵するものだったという。
ホンダ・レーシング・コーポレーション(HRC)のスタッフは、「あの走りがMotoGP昇格の決め手になった。走行データを見てもうまく乗っていたし、MotoGPライダーとしてのポテンシャルは高い」と、高評価が下されたことが中上のMotoGPライダー誕生へとつながった。
「腕上がり」の症状で、筋膜にメスを入れる決断を!
しかし、ペドロサに匹敵するタイムを出したといっても、一昨年のスペインGPは、ミシュランタイヤにとっては復帰したばかりのレース。加えて、4月と12月では気象条件がまったく違い、比較の対象にならないと疑問を投げかけるスタッフも多かった。
実際、MotoGPクラスのレギュラー組と初めて一緒に走った昨年の最終戦バレンシアGP後の合同テストでは、20数台の中で18番手前後。1年前の初ライドで得た自信からはほど遠かったが、Moto2チャンピオンで、ホンダチームからMotoGPクラスにスイッチするフランコ・モルビデリ(23)とタイムも内容も拮抗しており、その点では順調な初テストだった。
だが、バレンシアテストに続いて行われた2日間のヘレス・テストでは、初めて「腕上がり」の症状を経験することになる。
「腕上がり」とは、筋肉を酷使することで血流が増加、その結果、増大した筋肉が筋膜を圧迫する症状のことで、ひどい痛みを伴い力が入らなくなる。それを改善するために筋膜にメスを入れるという手術を受けるライダーは多いが、中上も、ヘレス・テスト終了後にバルセロナの大学病院で手術を受けた。
「バレンシアに比べてヘレスは体力的に厳しいサーキットだった。Moto2マシンに比べてもMotoGPマシンに要求される体力ははるかに高い。とにかく、圧倒的に加速が速くて、マシンの切り返しなど、これまでにない素早い身体の動きが要求される。その結果、腕がぱんぱんになって力が入らなくなりアクセル操作ができなくなってしまった。
もし、腕上がりのせいで成績を残せなかったらどうしよう。やっとたどり着いた夢の舞台でちゃんと走れなかったら、という恐怖心が生まれた。そこで、テストを終えてすぐにバルセロナに行って(MotoGPの主治医の)ミル先生の手術を受けることにした」
家族で作った“チーム中上”で、引き続きMotoGPに挑戦!
わずか2回のテストだったが、この経験は、いろんな準備につながった。
初めて経験した腕上がりという体調面の不安をシーズン開幕に向けて解消することが出来た。さらに今年は、母・由比子さんをマネージャーに、イタリア在住の姉・百世(ももよ)さんをヘルパーに“チーム中上”を結成。
Moto2クラス最後のシーズンとなった昨年、この体制にトライしたが、予想以上にレースに集中できることを実感したことで、今年から本格的にこの体制で挑むことにしたのだそうだ。
MotoGPデビューを控え、ファンの反応も予想以上に!
こうして、MotoGPライダーとして着々と準備を進めている中上だが、昨年9月にMotoGP昇格が発表されて以来、MotoGPライダーになったことの凄さを実感する日々が続いている。
まずは取材が比べものにならないくらい多くなったこと。さらに、昨年12月にツインリンクもてぎで開催されたホンダ・ファン感謝デーに出席したときのファンの反応が、予想以上のものだったからだ。
「フル参戦する日本人ライダーが4年ぶりということもあるのだと思う。自分が思っている以上に今年のシーズンを楽しみにしてくれているファンが多いことを実感した。
まだ、MotoGPのテストに2回参加しただけなのに、街を歩いていて声も掛けられるようになったし、注目してくれているということを実感している」
デビュー以来サポートし続けてきた、ホンダと出光興産。
中上は全日本デビュー以来、いろんな形でホンダのサポートを受けてきた。ホンダからは、「Moto2チャンピオン獲得、Moto2クラスでチャンピオン争いをすることがMotoGPクラスに昇格する条件」と言われてきた。
そのどちらも達成することはできなかったが、先にも書いた通り、中上の高いポテンシャルを評価してのMotoGPデビューとなった。
なかなかスポンサーがつかない日本人ライダーがMotoGPクラスで戦うには、日本のバイクメーカーのサポートが不可欠だが、Moto2時代からサポートを受ける出光興産の存在もMotoGP参戦に向けて大きな追い風となった。
「いまはHRCのファクトリー契約ではないが、HRCライダーになれたことは、とても光栄です。マルクやダニ、そしてチームメートの(カル・)クラッチローはファクトリー契約。自分も一日も早くファクトリー契約を目指したい」
「ロッシ選手と同じカテゴリーで走れることがうれしい」
昨年のバレンシアとヘレスの2回のテストは、レギュラー組にとっては、マシンの開発の方向性を探るテストだった。それでもレギュラーライダーの実力を十分に垣間見ることになった。これから始まる2018年の公式テストでレギュラー組がどんな走りを見せてくれるのか中上は楽しみにしている。
「子供のころから絶対的なチャンピオンだったロッシ選手と同じカテゴリーで走れることがうれしい。
正直、間に合ったという気持ち。昨年のテストでは、ロッシ選手もマルクも、なかなかコース上で遭遇しなかった。だから、これからが本当に楽しみ」
今年の目標は、「表彰台獲得。そしてルーキー・オブ・ザ・イヤー」というものだが、世界のトップライダーが集うMotoGPクラスで中上が日本のエースとしてどんな走りを見せてくれるのか。
今年の中上のキーワードは「挑戦」。
若いころから一緒に戦ってきたライバルたちに「追いつけ追い越せ」と闘志を燃やす中上の走りに注目だ。
