米からBリーグへ 逆輸入選手語る苦境
© photograph by AFLO 田渡はユニバーシアード代表に選ばれるなど、今後の日本バスケ界を背負っていく有望株の1人だ。
ルーキーながら、24歳。Bリーグで特異な存在である男は、何かを変える力を秘めているのだろうか。
日本への凱旋帰国という形で、“ビーコル”の愛称で知られる横浜ビー・コルセアーズに鳴り物入りで加入したのが田渡凌だ。
田渡は京北中3年生の時、中学ナンバーワンを決める全中決勝で、富樫勇樹(現千葉ジェッツふなばし)のいた本丸中学と対戦。富樫とともに大量得点を記録するなど当時から将来を嘱望される存在だった。高校卒業後にアメリカにわたると浪人生活を経て、オローニ短大からNCAA2部のドミニカン大学へ進んだ。
特筆すべきはオローニ短大でも、ドミニカン大学でも日本人ながらキャプテンを務めたことだ。
「今はどんな環境に行っても心配はない」
オローニ短大でキャプテンに選ばれたときには、こう言われた。
「チームで一番頑張っているのがリョウだし、結果も出してくれているから選んだんだ!」
田渡も後に、当時をこう振り返っている。
「どうやったら一番成長できるかを考えて、生活してきた日々でした。日常生活を含めて他の誰よりも努力してきた自信があるので、今はどんな環境に行っても何の心配もありません」
ビーコルは昨シーズン、B1・B2入れ替え戦プレーオフの末に残留を決めた。それでもポイントガード(PG)として田渡は加入を決断した。言い換えれば、ビーコルが苦しい戦いを味わったことが、加入を決める最大の理由だった。
きっかけは信頼を寄せるエージェントから、日本を代表する歴代PGの話を聞いたことだった。彼らはみな強豪とは言えないチームを強くしていく過程で、日本を代表するPGになっていった、と。
主力2人が立て続けにアキレス腱断裂の苦境。
節政貴弘、佐古賢一。最近では、加入初年度はJBL最下位だった東芝(現川崎ブレイブサンダース)の篠山竜青もそうだろう。エージェントの言葉を聞いて、心に響くものがあり、それほど迷うことなく腹をくくった。
「もちろん良い方向にいくか、悪い方向にいくかわからないというリスクはあるのかもしれないです。だけど、自分がこのチームにどれだけ貢献できるか、自分に対して挑戦したかったという想いがあります。それに、その中でも『俺はやれるんだ』という自信がなければ(ビーコルに)来ていないので」
横浜は今シーズンも、序盤戦から苦戦を強いられている。さらに10月には今季からキャプテンに就任した湊谷安玲久司未(みなとや・あれくしす)と大黒柱のセンター、ジェイソン・ウォッシュバーンが相次いでアキレス腱を断裂するという苦難にあった。
11試合を終えて2勝9敗。中地区だけではなく、リーグ全体でも最下位に沈んでいる。
1試合ほとんどの時間をマンツーマンではなくゾーンディフェンスを採用する奇策を用いることはあったが、簡単には実を結ばない。10月28日に連敗を7で止めたものの、翌日にはまた敗戦を喫している。
開始5分足らずでの交代に、沈黙できなかった。
ただ、田渡は指をくわえて状況を眺めているわけではない。
10月29日、サンロッカーズ渋谷戦でのこと。7試合連続でスターティングメンバーに名を連ねた田渡は、わずか5分足らずで交代。予想よりも早いタイミングでの交代を命じられた。
これは今シーズンから就任した古田悟ヘッドコーチ(HC)の「タイムシェアをする」コンセプトに起因する。スターティングメンバーを固定することなく、多くの選手で出場時間を分け合っていくスタイルだ。
田渡自身、その方針自体は理解していた。ただ、自分に何が足りないのか、あるいは何をしなければならないのか。黙っていても前には進めない。何より沈黙することは、チームを良くするための働きかけを何もしてないことになると考えた。
「もちろん文句は言うつもりは全くない。ただ……」
交代直後こそ試合中ということもあって理由を聞くタイミングなかったが、試合終了後には交代を命じられた理由を聞きにいった。実際、この試合でPGながらチーム最多となる14得点を記録したからこそだった。
渋谷戦を含めて、ここ最近は田渡の出場時間が伸びている。古田HCはその理由について話してくれた。
「ゲームコントロールも十分にできるという感じがあった。途中で下げたりもしましたけど、後半の勝負どころで必要な選手だと思って使っています」
一方、田渡は自らのアクションも含めてこう振り返る。
「もちろん、文句は言うつもりは全くないです。ただ、スタートのPGが開始5分で下がる時って、たいていはヘマをしたときくらい。“どうして代えられたのかな”という気持ちでバスケをやっていると、チームは良くなっていかないと思ったので聞きに行ったんです」
コミュニケーションを取って少しずつでも良くなる。
後半に勝負をかけたいという説明を古田から受けて、頭に浮かんだ疑問符は氷解した。
「ベンチから出て行く選手が“俺は良いプレーしないと交代させられちゃう”と思ってプレーしていると、シュートセレクションが悪くなることもあります。でもHCと話して、交代になった理由を理解できました。今度、試合前に(5分で下がるという)指示を受けたら、それこそ5分で死ぬくらいの勢いでバスケをしますし、相手にプレッシャーをかけにいく。そういうコミュニケーションをもっと取っていけば、少しずつでも良くなるんじゃないかなと僕は思います」
田渡も古田HCも、今シーズンからビーコルにやってきた。さらに、田渡の場合はU-24日本代表の活動があったため、チームに本格的に合流するのが1カ月半近く遅くなった。今はそのギャップを埋める期間だ。
「年上の選手が多いから、というのは言い訳にはならないので(※田渡はチームで2番目に若い)。年齢別の大会やリーグが変わるわけじゃないし、僕らは同じ舞台で戦っているわけですから。コートに立つ以上は、年齢は関係ないというのは当たり前のこと。そういう覚悟をもって、まずはディフェンスで相手をストップするためにファイトしないと勝てないと思います」
写真を撮ってほしそうな女の子ファンにも……。
アメリカ帰りということで誤解されがちだが、田渡は日本に馴染めない感覚の持ち主ではない。チームが勝つために最善の方法ならばあえて空気を読まないことはできるが、空気の読めない人間ではない。
試合後、コートを離れたところで先輩が帰るときには、1人ひとり、きちんと挨拶をする。先輩が連れている子供にも気さくに声をかける。
ファンと交流するイベントに参加した時には、こんなこともあった。小さな女の子がカメラを持って、田渡の方を何か言いたげに、でも言い出せずに視線を向けていた時にはこんな声をかけた。
「ねぇ、君と一緒に写真に獲ってもらってもいい? お願い!」
チームが勝つために必要なことがあれば、遠慮することはないし、その情熱もある。一方で、繊細な感覚を持ち合わせている人間なのだ。
厳しいからこそ、生きがいもやりがいもある。
前述の通り、チームは怪我人が相次ぎ、勝ち星は思うように伸ばせない。
予想以上に苦しい状況なのではないか。そう思われてしまいそうなものだが、田渡は力を込めてこう話した。
「厳しいからこそ、考えるし、悔しいし、時にはイライラもします。でもその分、勝った時というのはファンの人たちもすごく喜んでくれるし、僕も嬉しいし、生きがいもやりがいもあるんですよね。そんな気持ちを味わえるのは、こういうチームだからこそです」
若いうちの苦労は買ってでもしろ。24歳のルーキーは、自ら苦しい環境に飛び込んだのだ。だから、揺らぐことのない決意がある。
「もちろん、順調に勝てたら一番良いですけど、むしろ僕は勝たせるために来たわけですから。チームがどうやったら、勝てるのかというのを考えてバスケをしていかないといけないと思っています」
