Bs吉田凌が引きずっていた過去の栄光
© photograph by Kyodo News 一軍初登板はほろ苦いものとなったが、二軍では安定した成績を残したのも事実。吉田凌は来季を飛躍の3年目とできるか。
オリックスは10月9日、今シーズンの公式戦全日程を終えた。今季の成績は63勝79敗1分の4位。最下位に終わった昨年に比べれば順位も勝率も上がったが、3位の楽天には10ゲーム以上の差をつけられ、到底だれも納得のいく成績ではなかった。
「連勝連敗が続いて本当に苦しいシーズンだった。4月はよかったが、5月に入って投打のバランスが崩れていった」
福良淳一監督は10月7日の本拠地最終戦で今季の総括を行った。
若手野手の伸び悩みを大きな課題と語った一方で、1、2年目の若い投手陣の活躍は収穫として、先発の山岡泰輔、リリーフの近藤大亮、黒木優太、小林慶祐の名前を挙げた。彼らに加え、8月には高卒ルーキーの山本由伸も一軍に昇格し、8月31日にプロ初勝利を飾った。
そうした若手投手陣の波に乗り、シーズン最後に一軍のチャンスをつかんだのが、プロ2年目の右腕・吉田凌だった。
小笠原と夏の甲子園を制覇し、プロ入りも。
吉田は東海大相模高3年の時、左のエース小笠原慎之介(中日)との二枚看板で夏の甲子園制覇を成し遂げた。
その年のドラフト5位でオリックスに入団。1年目の昨年はウエスタン・リーグで2勝2敗、防御率5.79と苦しんだが、今年は16試合に登板し6勝5敗、防御率2.37。特に前半は、6月途中まで防御率0点台を維持し抜群の安定感を発揮していた。
「真っすぐがよくなったからだと思います。真っすぐでファールや空振りを取れることが増えて、スライダーだけに頼らなくていいのが大きい」と吉田は語っていた。
今年は小林宏二軍投手コーチ(現・一軍投手コーチ)と二人三脚でシャドーピッチングを繰り返し、フォームを安定させたことでストレートの威力が増したという。
もともと変化球は得意で、特にスライダーは、例えばファールを打たせたい時は軽い変化、三振を取りたい時はもう一段階大きく曲げるというふうに、目的に応じて変化を巧みに使い分ける。ストレートの威力が増したことで、そうした変化球がより活きるようになった。
めちゃくちゃ緊張した初登板は厳しい結果に。
夏場に調子を落としたが、前のめりになっていたフォームを修正し、ウエスタン・リーグの最終登板となった9月21日のソフトバンク戦で初完投初完封を達成。10月3日の日本ハム戦でついに一軍デビューを果たした。
ドラフト1位で中日に入団した盟友・小笠原は、一軍ですでに7勝を挙げている。吉田は小笠原へのライバル心を隠さない。一方で、最も認めている存在でもある。
小笠原は昨年5月31日のソフトバンク戦で初先発し、5回1安打1失点と好投した。
「高卒1年目でいきなりソフトバンクを相手にあんなピッチングができるなんて、単純に『すげーなー』って。心の底からそう思っちゃった自分がいました。ああいう舞台でも平常心で投げられるから、なんだかんだゲームを作れる。自分がパッと行けと言われても、あんなピッチングできない。高校時代にあった差はこういう差なのかと思いました」と吉田は話していた。
そしてプロ2年目、吉田凌に巡ってきた初登板。
「めちゃくちゃ緊張しました」と言うが、1回はストライクゾーンで思い切りよく勝負し、三者凡退と好スタート。「変化球でカウントを取れたり打ち取れていたのでよかった」と振り返った。
しかし2回に2点を失うと、3回にもスライダーやフォークを捉えられて2点を追加され降板。初登板は2回2/3、6失点という結果に終わった。
本人は真っ直ぐに自信がなかったようだが……。
「真っすぐを使えなくて、変化球頼みになったところをしとめられた」と吉田は反省する。
真っすぐを使えなくなった理由は「自信がなかったから。まったく指にかかっていなくて、本来の真っすぐとは全然違っていました」と話した。
その日、吉田と同じくプロ初出場となった捕手の飯田大祐はこう悔やむ。
「僕はそんなに真っすぐが悪いとは思わなかった。だからイニングの合間にも『やっぱり真っすぐを投げないと凌のいい変化球が活きてこないから、頑張ってもうちょっと投げようか』という話をしてたんですけど、ことごとく首を振られてしまった。スライダーもフォークもいいボールがきていただけに、真っすぐがあればもっと……。初めてだから凌が投げたいボールを優先したのですが、僕が無理にでも投げさせたほうがよかったかなと思う。僕にも押し切れる強さがないとダメだなと感じました」
「ヤバイ、小笠原に抜かれた」と思った日。
この試合が吉田の今季最後の公式戦となった。
悔しいデビュー戦となったが、今の力を測ることができ課題が明確になったことは来年につながる。何より今年、吉田には大きな収穫があった。
ルーキーだった昨年、吉田はよく高校時代、特に高2の時のことを誇らしげに話していた。
「横浜高校の渡辺(元智)監督(当時)にも『1、2年の頃は小笠原君より吉田君のほうがよかった』と言われました。『あの頃ならドラフト1位だったのにな』って」
吉田は2年の夏に最速151kmを記録し、神奈川県予選決勝の向上戦では20奪三振でチームを甲子園出場に導いた。
ところがその後、腰の分離症に苦しんだ。2年の冬はまともに練習ができず、フォームも崩れてしまった。
「その間に小笠原がバンバン鍛えて、球もめちゃくちゃ速くなっていた。でも自分は野球ができない。焦りました。『ヤバイ、小笠原に抜かれた』と思いましたね。3年生では立場が変わりました」と悔しそうに語っていた。
プロ入り後の最速は146km。高校2年の記録には及ばない。昨年は「あの頃(高2)はよかった」、「あの頃の自分に戻りたい」ともらしていた。“151kmを出した自分”、“小笠原よりすごかった自分”への執着が強かった。
トータルで見れば今の自分が負けることはない。
しかし今年、ファームで勝ち星を重ねる中、“今”の自分に手応えを感じるようになった。ピンチでも動じず、一歩大人のマウンドさばきを見せるようになり、発言も変わった。
「そりゃ、あの頃はよかったです。でもそれは真っすぐだけの話。真っすぐだけを見れば、高校1、2年の頃の方がよかったと思いますけど、トータルで見れば(今の自分が)負けることはない、勝ってるんじゃないですかね。
あの頃はただひたすら投げるだけ、スライダーさえ投げておけば相手が勝手に振ってくれるという感じだった。でもプロはそういうわけにいかない。だから、今の方がいいのかなと思います。
まあただ、あの真っすぐを投げられた自分がいたということは、投げられる力はあったということなので、それならそこまでもう一回上げたいなという気持ちが、真っすぐに関してはあります。それだけですね」
「過去の栄光をだいぶ引きずっていましたからね」
投球の幅が広がった今、ストレートがさらに力を増せば一軍でも戦えるはずだ。
昨年はよく「あの頃の自分に戻りたい」と言っていましたが? と聞くと、「過去の栄光をだいぶ引きずっていましたからね、自分」と笑った。
「昨年は、真っすぐにも変化球にもここまでつかめたものがなかったから。でも今年は、自分なりにいいなーと思う部分が多くなっている。そういう(戻りたいという)気持ちが薄れていることはいいことだと思います」
プロ2年目の収穫は何より、過去の自分を、新しい自分が超えたという手応えをつかんだこと。もう後ろを振り返ることなく、前だけを向いて歩いていける。
